第20話蛇の弥五郎14

「またですか」


「はい。

 またです」


 七右衛門は正直うんざりしていした。

 前回の冤罪事件では、無実の人間を陥れた御用聞きは磔獄門になっている。

 手柄欲しさにそれを黙認した同心は切腹を申し渡されていた。

 上司だった与力は、召し放ちとなって与力の地位を失っている。

 火付け盗賊改め方長官は、御役御免になっている。


 それほどの罰を受けた先達がいると言うのに、また無実の人間を陥れて捕えたと言うのだ!


「誰の組ですか?」


「渡辺孝と言う者の組だ」


 神使は、相手が大名であろうと大身旗本であろうと気にしない。

 神使が言葉を選ぶのは、稲荷神が認めた人間だけだ。

 文が丁寧な言葉を選ぶのは、河内屋善兵衛と妻のみほ、それに七右衛門だけ。

 次期河内屋当主である、大阪の両替商、河内屋徳太郎も歯牙にもかけていない。

 河内屋徳太郎に才能がなければ、河内屋は瞬く間に傾くだろう。


「また証拠を集めてくれるのですか?」


「すでにある程度は集めています

 必要ならもっと集めましょう」


 前回の冤罪事件は七右衛門が真犯人を捕まえて解決しました。

 火付け盗賊改めを憎んでいる江戸の町民は、七右衛門を褒め称えました。

 手柄とは認められましたが、幕閣は苦々しくも思っています。

 長谷川平蔵が活躍していた頃なら違っていたのでしょうが、火付け盗賊改めの母体である御先手組の多くでは、逆恨みしている者すらいるのです。


「いや、また真犯人を捕まえた方がいいですね。

 冤罪で捕まっている者が、牢死と偽って殺される可能性もあります」


「手の者に見張らせいますから、その時は直ぐに分かります。

 殺された直後にねじ込む事もできますよ」


 七右衛門は驚いていた。

 文がこのような不人情を口にするとは思ってもいなかったのだ。


「私を試しているのですか?

 何の罪もない人が殺されるの待つことなどできません」


「さすが神様が選んだ人間です。

 文が気にいるのも分かります」


 七右衛門はまたも驚愕していた。

 相手が文だと思い込んでいた。

 姿形が文と全く同じなのだ。

 今でも信じられない思いだったが、神使ならば可能かもしれないと思い直し、確認する事にした。


「貴女は文ではなかったのですか?」


「私達は元が狐です。

 化けるのは得意中の得意です」


「そうなのですね。

 ですがもう止めて下さい。

 いくら神使殿であろうと、化かされて試されるのは気分が悪いです。

 それくらいなら、もう加護などお返しいたします」


「いや、それは申し訳なかった。

 もう二度とこのような事はせぬ。

 だから許して欲しい」


 調子に乗った神使は慌てて謝った。

 稲荷神お気に入りの人間を化かして嫌われたとなると、稲荷神の怒りを買って神使の地位を剥奪されるかもしれないのだ。


 

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