第7話蛇の弥五郎1

 七右衛門が初出仕してから一ケ月、その優秀さは奉行所でも評判になっていた。

 だが、どれほど優秀でも、初出仕から一ケ月で要職を任されるはずもない。

 まして七右衛門は元商人だ。

 一生才能を奉行所内で埋もれされる事も有り得たのだ。

 だが、江戸を覆った悪夢が七右衛門に機会を与えた。


 七右衛門の初出仕から丁度十日後、凶悪な盗賊が江戸を荒らし始めた。

 蛇の弥五郎と言う名の盗賊に率いられた一団は、まさに凶盗だった。

 番所や大木戸をものともせず、何時の間にか江戸の町に入り込み、

 狙った商家の雨戸を強引に外して押し込み、騒がれる前に皆殺しにして金銀財宝を奪い取るのだ。


 本格の盗賊から嫌われる急ぎ働きだが、成功すれば驚くほど儲かる。

 本格の盗賊は、引き込みを入れて土蔵のかぎ型を取るなど手間暇をかける。

 何年もかけて準備するので、盗み自体も数年に一度となる。

 しかも有り金全て盗んだりはしない。

 店が潰れないようにある程度の金は残していく。


 だが当世そのような本格の盗賊はとんと耳にしなくなった。

 江戸に現れる盗賊の多くは、蛇の弥五郎一味のような凶盗ばかりとなっていた。

 だがその弥五郎一味の暴れようは激し過ぎた。

 毎日のように江戸市中を荒らしまわり、多くの人を殺した。

 町奉行所や火付け盗賊改めの無能を非難する、江戸町民の声が日に日に大きくなっていた。


 幕閣もこの事態を憂慮した。

 南北両町奉行はもちろんだが、特に火付け盗賊改めに厳しい言葉があった。

 だが幕閣も口出しするだけではなかった。

 火付け盗賊改めを増やしたのだ。


 通常火付け盗賊改めは、任期一年の本役加役二名体制である。

 火災の多い秋冬(九月から三月)に、任期半年の当分加役二名が増員される。

 今は五月だから、普通なら二名体制なのだが、当分加役二名が加えられた。

 だがそれでも弥五郎一味の跳梁跋扈は収まらなかった。

 押し込みの頻度は減ったが、逮捕には至らなかった。


 幕閣も幕府の威信にかけて弥五郎一味を逮捕しようとした。

 このまま逮捕できなければ、たかが盗賊に幕府が負けたことになる。

 幕府は火付け盗賊改めに増役二名を増やし、六名体制とした。

 南北町奉行所も必死の捜索を続けた。

 厳重な体制を敷いたお陰で、弥五郎一味に即発された模倣犯は次々と逮捕された。


 南町奉行所も、弥五郎一味以外の盗賊四組を逮捕し面目を保った。

 だが、幕閣が捕らえたい弥五郎一味に関しては、一人も逮捕できないでいた。

 ついに南町奉行の根岸肥前守鎮衛は思い切った手を打つ事にした。


 

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