第5話与力株5

 七右衛門は、最初平八郎と南町奉行所に出仕するつもりでいた。

 だが急な根岸肥前守鎮衛奉行の命令で、格之助も一緒に出仕する事になった。

 七右衛門は憂鬱だった。

 河内屋が坪内家の与力株を買った事は罪ではなく、当世よくある事だ。

 だが、旗本御家人によく思われていない事は十分理解していた。


「ああ、硬くなるな。

 坪内家の事情はだいたい聞いている。

 平八郎や七右衛門に苦情を言いたくて呼んだのではない。

 今迄見習いとして努力していた格之助に労いと別れの言葉をかけたかっただけだ。

 よく務めてくれた。

 御苦労であったな」


「肥前守様!

 有難き幸せでございます!」


 格之助が感極まってむせび泣いている。

 格之助自身納得しての廃嫡若隠居だった。

 家の事情で仕方がない事だった。

 世の流れには逆らえないのも分かっていた。

 だが、それでも、こうして町奉行根岸肥前守鎮衛に真心のこもったねぎらいの言葉をかけてもらうと、腹に収めたはずの激情が噴出してしまうのも仕方がなかった。


「恐れながら、今後の格之助殿の事について申し上げさせてください」


「ふむ。

 構わん。

 何なりと申すがよい」


 七右衛門は急いで格之助に同心株を買い与える予定を話した。

 このままでは、奉行所内で孤立無援になると恐れたのだ。

 根岸肥前守は、下級御家人から南町奉行にまで上り詰めた苦労人だ。

 真偽のほどは定かではないが、刺青を彫っているとか、元臥煙だと言う噂まである人だ。


 そんな人が格之助に同情していたと言う話が広まれば、七右衛門個人が虐められるだけでは済まないのだ。

 河内屋にまで悪影響が出てしまう可能性がある。

 ここは早急に、格之助の身の振り方を考えている事を、伝えなければならくなったのだ。


 根岸肥前守は何度も詳しく問い質して確認していた。

 七右衛門の話を吟味して、平八郎と格之助にも確認した。

 その上で安堵の表情を浮かべた。


「ふむ。

 坪内家の事を考えたよき配慮だ。

 坪内家の内情に口出しするつもりは毛頭なかったが、どうしても格之助に労いの言葉をかけたくて、七右衛門には不安な思いをさせてしまったな。

 許せよ」


「いえ、御奉行の御厚情、坪内家を継ぐ者として感謝いたしております」


 七右衛門は安堵していた。

 御奉行の御墨付きの言葉を頂けたのだ。

 これで養子の件で虐められる頻度は激減するだろう。

 全くなくなることはないだろうが、実力がある御奉行の言葉に逆らって、古参与力が表立ってこの事を問題にするほど、平八郎と格之助は南町奉行所内で役に立ってはいなかった。

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