第13話 灰の枢機卿
カールス村に戻り、エウロお婆さんの家まで辿り着いた。
こじんまりした大分古くなっている木造の民家で、あちこちに薬草毒草の類が転がっている。
報告を行いボスゴブリンの耳を提出しようとした。ところが。
「そんな事よりメシさ食ってけ、ほれ。きのこシチューとハーブてんこ盛りのベーコンソテーじゃ、身体にええぞ」
カデュウはてんこ盛りすぎる葉っぱの山をもしゃもしゃと食べている。
野菜は嫌いではない、嫌いではないのだが。
ソテーというわりにベーコンなどほとんどなく、ほぼ草というのはいかがなものだろうか。などと考えざるを得ない状況であった。
ただ無心に食べ続ける。もしゃもしゃと。
一応シチューはおいしいのが救いであった。
「お食事ありがとうございました」
「てえしたこたあねぇ。収穫で忙しかったんで助かったわい。爺さんがいりゃ任せるんじゃが」
お爺さんに40匹以上いたゴブリンを狩ってこいというのもなかなか酷な話だ。
報告は終えたし報酬は頂いた。
気前よく金貨1枚増やして7枚ほどくれたのはありがたい。
尚、耳は特に必要ないらしいのでその辺の畑の肥料になった。
まあ、そりゃあ耳なんか要らないだろうけど。
「それでは出発致しますね。お世話になりました、お婆さん」
「ありがとさんよ。またきいや」
時刻は夕方前、早めに洞窟探索が終わっていなければ村で一晩過ごしていたかもしれない。
逆方向から片付けてくれたディノ・ゴブに感謝である。
目的地のレッツィンガル修道院はゼップガルドの街からだと2日かかるが、この村からなら3時間もあるけば着く距離らしい。
物凄くご機嫌にソトが歩いている。
あの時捨てられなかった事が嬉しい様子だ。
こちらの方面は、やや道が荒れていて斜面が上がったり下がったりしている。
少し道から逸れた辺りは崖になっていて、あまり高さのない崖のその下側は草地になっていた。
この崖は国境線にもなっているらしく、崖の下からはミロステルン王国だ。
しばらくそんな道を歩いていたら、石造の建築物が見えてきた。聖印のシンボルが掲げられている。
どうやらレッツィンガル修道院に到着したようだ。
カデュウは近くにいた年老いた神官に声をかけた。
「冒険者ギルドの紹介で参りました、こちらで品物を探しているとお聞きしまして」
「それはそれは……。お越しいただきありがとうございます。それではここをまっすぐ進み、背の高い教会へとお入りください」
年老いた神官が指した先は、小さな森のように木々が重なっていた。
だが舗装された道があるので迷う事はなさそうだ。
「あの森の中にあるのですか?」
「はい。やや暗くなってまいりました。足元にお気を付けください」
年老いた神官に案内のお礼を伝え、その木々の中へと足を踏み入れた。
所々にランタンが木にかけられて光源となっている。
その場を進み木々から抜けると、道脇に固定式のランタンがいくつも並んでいる光景が目に映った。
それらの明かりが目的の教会へといざなうようにぼんやりとした光を発している。
夕方から夜へとなっているので少し不気味な雰囲気は出ているが、教会のおかげだろうか、あまり怖さはなかった。
「こんばんは。冒険者ギルドから来ましたー」
よく手入れのされた石造りの教会だ。その精巧に作られたドアノブを叩き返事を待つ。
少し時間を置いて、ぎこちない音を奏でながら教会のドアがゆっくりと開いた。
「ようこそ。入られるが良い」
奥の方から声が聞こえてくる、という事はドアを開けてくれた人ではないようだ。
許可を頂いたので、教会の中に入り声の人物を探すと……、中央の祭壇前からこちらに向かってくる人の姿をとらえた。
優し気な顔をした髭の老人だ。
質素なグレーの祭服を纏い、白い手袋をはめている。
その老人は会衆席の間の中央の道を進み、カデュウ達の近くまで来て頭を下げた。
「まずは、はるばる来て頂いて感謝するよ、お嬢さん。儂はエルミネンスと申す」
「いえ、とんでもございません。冒険者ギルド、ゼップガルド支部より参りましたカデュウと申します。後ろの者達は私の仲間です」
穏やかな空気を感じる。この老人の雰囲気はどこか落ち着いたものであった。
「それでは品物をご覧下さい、御眼鏡にかなうものかどうかはわかりませんが……」
シュバイニーに預けていた剣を取り出し、カデュウは両手で鞘に入れたままの剣を差し出した。
魔王より預かっていた古代ミルディアス帝国時代の剣。
カデュウの予想が正しければ大雑把に金貨600枚ぐらいの価値はあるはずだ。
「では。拝見させて頂こう」
老人も両手で剣を受け取り、じっくりと眺めていく。
驚くように目を見開き、剣を見つめながら老人は感嘆をこぼした。
「――素晴らしい。確かに古代帝国時代の業物じゃ。魔導技師レーヴェンサレルの師であるリトーリオの作か。よもやバンダル王家の宝剣が見つかるとはのう」
かなりの高評価だ。これは良い値段が期待できそうである。
レーヴェンサレルやリトーリオとは古代ミルディアス帝国後期の付与魔術師であり、魔道具製作の権威だったという。
特にリトーリオは多くの優れた武具を残した名職人として知られている。
……カデュウの鑑定知識では誰の作とまではわからなかったのだが。
このエルミネンスという老人は中々の目利きである。
「これだけの品ならば、先方にも喜んで頂けるじゃろう。ミルド金貨5000枚でいかがかな?」
「金貨5000枚!?」
「なんじゃとて!?」
驚きの金額であった。ソトもびっくりするほどの大金である。それなりの船が買えてしまう。
船を買って規模の大きい交易を……などと考えてしまうぐらいの夢のある金額だ。
魔王、念願の街作りもはかどりそうである。
「思いのほかの良き品じゃったからな。良き物には良き値段がつけられるべきじゃ、違うかね?」
「いえ、まったくその通りです。ありがとうございます、エルミネンスさん」
「ただ、すまないのだが支払いは後で構わんかね? 清貧をむねとする教会にそこまでの大金は置いておらんかったのじゃ」
これももっともな話だ。すぐに大金が出てくる教会の方が生臭すぎて困る。
多少時間がかかるとはいえ、それだけの大金を動かせる時点で、宗教って儲かってるんですね、と言いたくなる気分ではあるが。
「はい、了解致しました。品物を先に渡して、後払いという事でよろしいでしょうか?」
「そうしてくれると助かる。金貨は冒険者ギルドに送っておこう。再度ここまで来てもらうのも面倒だろうしな。この証明書を持っていくと良い」
その場でさらさらと記入した証明書には、司祭枢機卿エルミネンス・グリーゼの名で金貨5000枚を渡す契約が交わされたと書かれている。
期日は5日後。つまり冒険者ギルドに送る時間も考えて3日以内に用意するという意味であった。
……この人、枢機卿だったのか。資金があるわけだ、とカデュウは納得した。
司祭枢機卿とは、枢機卿の中の分類の1つ。司教枢機卿、司祭枢機卿、助祭枢機卿、と3つの最高顧問がゼナー派の最高指導者である神帝によって任命されるのだが、その中位という事になる。
という事はこの修道院はただの取引場所として指定しただけなのかもしれない。
このような田舎にいる地位の人ではなかったらしい。
「確かに証明を受け取りました。それでは取引は成立ですね、予想以上の高値を付けて頂きありがとうございました」
「なに、なに。……若者達に良き未来があらん事を」
あたりはもうすっかり暗くなっていた。今日は修道院に泊めてもらうのが無難だろう。
「ああ、よいぞよいぞ。修道院の方に部屋を手配しておこう」
何も言わずともすぐに察知してくれたようだ。カデュウは親切な人だなと感じた。
気配りが出来ているのだろう、人として見習いたいものだ。
「感謝いたします、枢機卿猊下。……取引が終わった後でこれだといまいちしまらないですね」
「ふぁほほほ。……よい、よい。ふぉほほほ……」
そう笑い声を残して、エルミネンス枢機卿はそのまま左のドアをあけ、執務室へと戻っていった。
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