出かけたい相手
――カラン
静まり返った夜の家で、空き缶が転がる音が響き渡る。
葵は朦朧とするのなか音の発生した方を見ると、そこには一時間ほど前に飲み干したブラックの缶コーヒーが転がっていた。
テーブルの上に置いていたはずだったのだが、何かのはずみで落ちてしまったのだろ。空き缶が落ちた音によって何とか意識を取り戻した葵は、椅子から立ち上がる。このまま座っていたらまた寝かけてしまうと思ったゆえの行動だった。
未だ朦朧としていて、気を抜いたらすぐにでも寝てしまいそうな意識を覚醒させるために、葵はゆっくりと冷蔵庫に向かう。
しかし、残念なことに冷蔵庫の中には葵の望んでいたものは何一つとしてなかった。
葵が望んでいたのは缶コーヒーかエナジードリンク。一杯飲んでもう少し生徒会の仕事を進めておこうと思ったのだが、出鼻をくじかれた気持ちだった。
元々葵は缶コーヒーやエナジードリンクと言うものはあまり飲まない。あまり好きではないというのもあるのだが、そう言うのを飲んでいるのを愛莉が見ると苦い顔をするのだ。
普段の食事から健康を考えている愛莉からしたら、そう言うものは飲んでほしくないのだろう。そのため、葵の家の冷蔵庫には元々缶コーヒーやエナジードリンクはない。緊急事態だったので、一時的に解禁しているだけだった。
家にはインスタントコーヒーなどもあるため、それを飲めばいいのだが、葵の気分は乗らない。
時計を見る。時計の長針は葵の意識がはっきりしていた時よりも半周ほど回っており、短針はもうすぐ頂上を超えるだろう。
「はぁ……眠気覚ましを兼ねて、コンビニにでも買いに行きますかね」
葵は一度部屋まで行くと、ハンガーにかけてあったコートを取る。夜で人も少なく、行く場所がコンビニだということを考え、葵は着替えるのはやめた。コートを羽織り、家を出ようとする。その前に先ほどまでの葵と同じように、椅子に座ってうとうとしている愛莉のほうを見る。
そのまま寝ると体を痛めそうだと思った葵はコンビニに行く前に、愛莉をベッドに寝かせてから行こうと決める。
気持ちよさそうに寝息を立てている愛莉のそばまで近づき、ベッドまで運ぼうと愛莉の体に触れる。
その瞬間、愛莉は僅かに身じろぎすると目を開く。
「っと、悪い。起こしたか?」
「だいじょうぶ……それよりも、葵くんどこか出かけるの?」
無理な姿勢だったのもあり、愛莉の眠りはかなり浅かったらしい。目を覚ましてすぐに、コートを着ていることから葵がどこかに出かけることを察したらしい。不思議そうに聞いてくる。
特に隠して行動しているわけでもなかった葵は、正直に答える。
「ちょっとコンビニにな。一緒に行くか?」
「行く」
そう言うと、愛莉はゆっくりとした動作で立ち上がりふぁぁっと大きなあくびをする。
「じゃあ待っててやるから着替えてこい」
愛莉が出かける準備が終わるまでの間、ただぼうっと待っているのも時間の無駄と思った葵は生徒会の仕事を進める。
恐らくうたた寝してしまう前は強烈な睡魔と戦っていたのだろう。生徒会の仕事に若干のミスがあった。だが決してミスが多いというわけではなかったため、ちょっと修正して次の仕事に取り掛かる。
夜のコンビニと言っても女の子の準備には時間がかかるものなのか、愛莉はなかなか出てくる気配がなかった。
すぐ出てくるだろうと思っていた葵は出鼻をくじかれたような気になる。
時間を無駄にできるような余裕はないため、少しでも仕事効率を上げようと葵はインスタントコーヒーを淹れる。葵の家では電気ケトルを使っているため、短時間でお湯が沸く。
用意したカップにインスタントコーヒーに粉を入れ、沸いたお湯を注ぐと香ばしい香りがする。それだけでも意識がしゃんとする。
そこまでの動作は半ば無意識で行っていた。
葵は結構コーヒーが好きだ。そのため、よく飲んでいた。割となれた動作だった為、葵は気付けなかった。今から自分は缶コーヒーやエナジードリンクを買うためにコンビニへ行くということに。
もはや今の葵にコンビニに行く理由は残されていなかった。
コンビニに行くメインの理由は缶コーヒーやエナジードリンクを買うことではない。軽く歩くことで目を覚まし、意識を切り替えようと考えていたのだった。
だが、愛莉の準備を待っている間に眠気は覚め、意識は生徒会の仕事に向いている。
出かけると決めてから実際に出かけるまでに時間がかかってしまったため、出かける気がなくなってしまうことはよくある。今の葵がそれだった。
そんなタイミングで出かける準備を終えたのか、愛莉が部屋から出てくる。
「葵くん。行こっか」
正直なところ、もう葵にはコンビニに行く理由は残されていなかった。
だが、愛莉が行こうと言うならば、葵に行かない理由はなかった。
「そうだな。夜のデートってことで」
「なにそれ~。私とデートって言うなら……きちんとエスコートしてくださいね?」
愛莉のいたずらっ子のような笑顔を見て、葵は自然と笑みが漏れるのを自覚し、それをごまかすように愛莉の手を取るのだった。
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