兄妹のように育ってきた幼なじみが、気づいたら彼女になっていた件
雪月涼夜
可愛い幼なじみの裏の顔?
「
静まり返った空間で、突如名前を呼ばれた葵は息を呑んだ――
最も学園に向かうのが憂鬱とされる月曜日。葵も例にもれず、憂鬱さを殺して授業を消化していた。
そうして訪れた放課後。葵が軽く伸びをして凝り固まった体をほぐしつつ、帰る準備をしているタイミングで校内放送がかかった。
内容は葵の呼び出し。ただしそれは先生からではない。
生徒会長からだった。
生徒会長である
学園には彼女の噂はいくらか流れていた。
どれもこれも信憑性を疑うようなものだったが、一つ確かな話がある。
見た目はとても可愛らしく落ち着いた少女だが、その実一人で生徒会を回すほどの手腕の持ち主、ということだ。
日南学園ひなみがくえんにおける生徒会の役割は結構大きなものとなっている。
生徒の自主性を重んじていて、生徒会の権限が大きいのもあり、仕事の重要性が高い。その上かなり便利に使われているようで、ちょくちょく雑務を任されているとか。
元々生徒会は生徒会長一人、副会長一人、会計一人、書記二人の五人体制だ。現生徒会長である愛莉は書記だったらしいのだが、夏に事件が起こった。
生徒会のうち四人、つまり愛莉以外のすべての役員が生徒会の席を降りるという大事件が起こったのである。
学園始まって以来の事件に学園も対応したようだが、人は増えることはなく生徒会が一人という状態が生まれた。この状態では生徒会がまともに機能しないことが予想されたのだが、そんな予想は当たらなかった。
生徒会最後の一人となった愛莉が、一人で生徒会を機能させたのである。事件の影響で仕事は減ったとはいえ、今までと比べても遜色ないほどに。
その後書記から生徒会長へと昇格した愛莉に対し、多くの噂話や、尊敬、羨望、嫉妬、好意などの様々な感情が向けられたが、当然のことだろう。
学園内での愛莉の立ち位置は微妙だ。
多くの男子生徒から好意を向けられているのだが、噂話や、どこか壁を感じる雰囲気に告白まで進んだものは多くない。勇気を振り絞り告白したもののすべてが玉砕で終わっているのも愛莉のミステリアスさを盛り立てているのかもしれない。
そんな人物が今、葵の前にいるのである。
場所は生徒会室。四人くらいなら同時に食事しても余るほどの長机。
学園でもトップクラスの美少女で、凄腕の生徒会長で、どこか他人に対し壁を作っている少女。
そんな少女と対面で座り、見つめ合っている状態の葵は緊張からか喉が渇くのを感じた。
葵が静寂という名の圧力に息苦しいものを感じているにも関わらず、愛莉は退屈そうに手に持った書類を見つめている。
そして、静かな生徒会室に愛莉の思わず聞き入ってしまうようなきれいな声が響いた。
「二年C組、部活動には所属しておらず、委員会活動にも参加していない。成績は中の上。校内順位は三百人中、百位以上が基本。性格は少しぶっきらぼうなところがあり、担任の先生から少し嫌われている。でも優しいところもあり、ルックスも相まって女子生徒からの人気はある。現在は両親が引っ越した影響でマンションに一人で暮らしている--」
次々と葵の耳に届く言葉の数々。それらのすべてが一切の狂いなく、葵の情報だった。
学年やクラス、成績などは調べればわかるかもしれない。ただ性格や人気具合などはどうだろう。いくら凄腕の生徒会長とは言えそこまで把握できるものなのだろうか。例えできたとしても、住んでいる家と両親が引っ越したことまで分かるものなのだろうか。
まず間違いなく無理だろう。
葵は自身が一人暮らしをしていることを積極的に他人に話していない。無論誰にも話していないというわけではないが、葵の許可なくぺらぺらと情報を言うような人間に教えたことはない。そして葵の耳には、誰かが自分の情報を嗅ぎまわっているという話は届いていない。つまりは聞いて回るなんてことはしていないはずだ。
学校側から情報を聞き出したのかもしれないが、両親が引越し、マンションに一人暮らしということは学園には言っていない。つまり、学園ですら知りえない情報ということだ。
生徒会長だからと言ってここまでの情報を集められるとは葵には思えなかった。生徒会長とは違う一面があるのかもしれない。そう思ってしまうのも仕方ないだろう。
愛莉は淡々と葵の情報を言いつつ、ゆっくりと席を立ち、生徒会室内を歩き回る。やがて生徒会室から出られる唯一の正規ルートであるドアの前まで行き、開いていた鍵を閉めた。
ガチャリという音とともに生徒会室は外から隔絶された。
流石に大声で叫べば外に聞こえるだろうが、そうでもしない限り人が入ってくることが出来ない状況が作り上げられたのだ。
鍵を閉めて満足したのか愛莉は椅子に腰を下ろした。
しかしそれは先ほどまで座っていた椅子にではない。高級感のある一人用の机の奥で存在感をアピールしている、キャスター付きチェアに、だ。
「……一ついいかしら?」
突然の問いかけに葵は声が出なくなる。そんな葵を興味なさげに見つめつつ、愛莉はくるっと椅子を一回転させる。
「長門葵…………えっと、長門君。今日から私の手足になるつもりはない?」
はなから葵の返答なんて求めていなかったらしい。愛莉は一人で勝手に話を進めていく。
だがそんなことが気にならないくらい葵は混乱していた。
それもそうだろう。いきなり生徒会室に呼ばれたと思ったら、色々な噂が流れているような生徒会長様に私の手足になるつもりがないかと聞かれたのだ。混乱しない方がおかしいだろう。
普通に考えたら、まず間違いなく断るだろう。
いきなり私の手足にならないとか言ってくるような頭のおかしい人とは関わり合いたくないし、激務と言われる生徒会の生徒会長だ。手足になるとでも言ったらどんなことをさせられるかはわからないが、馬車馬の如く働かされるのは容易に想像できる。
しかしそれでも葵が即座に断らないのには理由があった。
それは目の前に座っている愛莉の可愛さゆえだろうか。
くりっとしていて愛らしさを感じる双眸に、触らなくてもわかる、すべすべな肌。身長は葵と比べるとちょうど顎のあたりまで、抱き締めたら葵の胸にすっぽり収まるだろう。長い髪はさらさらとしていて、思わず梳いてみたくなるほどである。体はすらっとしていて抱きしめたら折れてしまいそうな華奢さがあった。その中でも主張している胸は思わず目を引かれてしまう。
一つ一つの要素が愛莉をつくっていて、その可愛さを際立たせていた。
それは多くの男子から好意を寄せられ、告白されているというのもうなずけるほどのものだった。
もし手足になるといえば、そんな愛莉とお近づきになれるのかと思うと悩むだろう。
そんな邪推をした葵は悩んでいた。
先ほどは葵の意見など興味ないといわんばかりに話を進めていた愛莉だったが、今は葵が決断して、自らの意思を告げるのを静かに待っていた。
葵は悩みつつも、自らの言葉を選び、震えそうになる声を抑え、静かに決断をした。
そして声を上げる。自分の思っていることを愛莉に伝えるために。
「で、何の用だ?こんなお遊びの為に呼んだわけじゃないだろ、愛莉」
その瞬間、生徒会室の雰囲気がガラッと変わった。先程までの重苦しいものでは無い、少し緩やかなものに。
そして愛莉の表情も一転する。
先程までの退屈そうで興味なさげな、女王様のような表情から、にこやかな笑顔を浮かべた可愛らしい、歳相応の女の子の顔へと。
だがそれも一瞬のことで、愛莉の表情はまじめなものへと切り替わる。葵は直感でここからが本題なのだろうと察し、自身も愛莉を真似るようにして表情を引き締めた。
愛莉は少し悩むようなそぶりを見せたものの、葵を驚かせる言葉を告げた。
「実はね、葵くんにお願いがあるんだ……生徒会に入ってほしいの」
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