⑰ 少女、友達ができる

とりあえずわざわざ逆らうのも面倒なので、信号機みたいな色合いをした三人娘に案内されるがままに教室を出て、人通りが少なそうな場所……確か部活棟でしたっけ? 正直よく覚えていませんが、校舎と部活棟っぽいところの間にある連絡通路みたいな場所まで連れてこられました。


彼女らの用件はさておくとしても、これHR間に合いますかね? 遅刻とかなりませんよね? 私は別にいいけど、私のせいにしないでくださいよ?


そんなことを考えていたら、先導していた3人の内の1人、黄色の人がそう言いながらコチラを振り返り挨拶をしてきました。


「さて、一応最初のHRで自己紹介はしておりますので、厳密には『初めまして』ではないのですが、ここはあえて『初めまして』とご挨拶させて頂きますわ」


うーむ。これは何というか、言葉は丁寧語を使っていますが、確実に私を見下しています。

目を見れば分かります。慇懃無礼というヤツでしょうか?


まぁ向こうは名門でお金持ちですからね。私のような一般市民は格下で下賤の者って感じなんでしょう。


それはわかりますけど、あまり面白い視線ではないですよねぇ。それに「初めまして」と言った割には名乗ってこないし。自分のことは知っていて当然って感じがまた何とも痛い感じがしますよ。


「ご丁寧にどうも。木下です。初めまして園城寺さん。今後ともよろしく、です」


とはいえ、確かに名乗らなくても知っていますからね。 ここで「誰?」なんて言って波風立てたりはしません。敵は少ないに越したことはありませんからね。


「えぇ。よろしくお願いしますわ」


私の挨拶を受けて満足げに頷く園城寺さんを見れば『お嬢様』という感想しか出てきません。ですが、彼女の所作を見れば、上品さの中にも鋭さのようなものも見えます。おそらく武術を嗜んでいるのでしょう。前まではさっぱりわかりませんでしたが、今は漠然とですが『強いか弱いか』とか『上手いか下手か』がわかるようになったんですよね。


うん。一言で名門といっても色々大変ですし、この人は子供の頃から頑張っていたのでしょう。


私は園城寺さんの立ち振る舞いからそう判断し、彼女他者に対して偉そうにするだけの下地が有る。と判断しました。


……お金持ちですしね。仲良くしていたら良いことありそうですし。


だから彼女の態度はいいんです。問題は他の二人ですよね。見るからに素人、と評価するのは自分を棚に上げているような気がするのでよくないのでしょうが、どうもねぇ。


「えと、すみません。園城寺さんは存じ上げてますが、お2人のことは正直よく覚えていないんですよね」


まさか初対面で青色とか赤色とは言えないし、知ったかぶりをするのもアレですからね正直に謝ることにしました。本当は謝る必要なんてないのですが、円滑な人間関係を構築するためと思えばこのくらいは、ね。


「ぷっ」

「……まぁしかたないわよね」

「……初日しかいなかったしな。つかなに鼻で笑ってんだよ」


園城寺さんは私が同行者の名を知らないことを怒るどころか、逆に『いい気味だ』って感じで鼻で笑ってますね。青色と赤色と一緒に来たからお仲間かと思ったのですが、違うのでしょうか?


ま、園城寺さん以外は普通の女子みたいですから、態々気に掛ける必要はありませんよね。というか、最初から複数で囲むような感じで呼び出し、自分を見下しているような目で見てきた挙句、警戒や敵意みたいなものを向けてくる相手に対して、無条件で良い印象を持てるはずもありません。


「えっとそれじゃぁ私は……」


青髪の眼鏡少女が自己紹介を始めようとしますが、今更ですね。向こうがどう考えているかは知りませんが、私には彼女らから感じる上から目線の視線や敵意を我慢しなければならない義務なんてないんです。


「あ、それでは、時間も無いので早速本題に入りましょうか。おそらくお三方は同じご用件だと思いますので、もしよろしければ園城寺さんからご説明をお願いできますか?」


「「……っ?!」」


「あら? 私は構いませんが、お二人の自己紹介は聞かなくて宜しいのですか?」


別にいりませんよね。興味もないですし。


「はい、園城寺さんさえよろしければ是非。もしも皆さんのご用件が違うのならお二方についてもお伺いした方が良いかもしれませんが、そうじゃないなら自己紹介は今じゃなくても良いでしょう? さっきも言ったようにHR前でお互い時間が余ってるわけではありませんし」


そもそもの話なんですけど、私にはクラスメイトと仲良くする気は無いんですよねぇ。人間関係で面倒ごとに巻き込まれるくらいなら、学校ではボッチとして授業を受けるだけに専念し、授業が終わったらさっさと師匠の所に飛んでいって修行や依頼を受けてお金を稼ぎたいんです。


園城寺さんはお客さんになりそうだから丁寧に扱いますけど。今もにらんでくる他二人は知りませんよ。


「どこまでもっ!」

「舐めやがってっ!」


おや、怒りました? でも怒るだけじゃ何も解決しないんですよねぇ。ゴブリンなら殴りかかってくるか囲んでくるし、師匠なら怒る前に殴りますよ?


「……なるほど、合理的ですわね」


「「おいっ!」」


私が余裕を崩さないのをどう見たかしりませんが、順調に怒りゲージを上げていた二人に比べ、園城寺さんは冷静さを保っていますね。


これは、ばれましたかね。


「わざとお二人を怒らせて相手の底を知ると同時に、その態度を咎めることで私たちの要求を断る。もしくは要求そのものを聞かない。そんなところでしょうか?」


「ほほー」


やっぱりばれていましたか。面倒な話なんて聞かないのが一番ですからね。


「えっ?」

「ちっ。そういうことかよ」


何故読まれたのでしょう? 表情を読まれた? んーむ。これも上流階級で磨かれた能力でしょうか。やはり園城寺さんは侮れませんねぇ。



―――


園城寺視点


(やりますわね)


……名前を知ること自体が無駄と判断された二人は、何とも言えない顔をして彼女を睨んでいますけど、元々このお二人の態度が悪すぎるのです。


木下さんとて、さすがに私たちの用件が『龍造院さんにちょっかいを出さないようにするために釘を刺しに来た』なんてことは想定すらしていないはず。……そもそも彼女はまだ龍造院さんと繋がりはありませんからね。なのに、お二人とも警戒をし過ぎて現時点で敵意が剥き出しでした。


彼女からみれば私たちは朝から複数で囲んで、理由も告げずに人気のないところに連れてきた不審者です。その不審者が敵意を剥き出しにしているのですからね。彼女だって警戒しますわよ。


故にお二人がこのような扱いを受けても『不当だ!』とは言えません。


襟口さんも鳴松さんも自覚はしていないようですが、それは相手に関係ありません。無意識だろうがなんだろうが敵意を向けて来る相手に対して、拒絶を示すのは当たり前の話なのですから。


「はぁ」


お二人にまで『余裕を持って優雅たれ』とまでは言いませんし、そうあるよう求めたりもしませんが、せめてもう少し落ち着いた態度を取れないものでしょうか。


周囲が敵だらけになってしまいますわよ? いえ、別にそうなっても私は一向に構いませんけど、ね。


まぁお二人のことはどうでもいいです。ご指名ももらったことですし、今は思った以上に話せる相手だとわかった木下さんとのお話を優先させていただきましょうか。


「ではお言葉に甘えて本題に入らせて頂きましょう。あぁその前にまず謝罪から、ですわね」


「謝罪、ですか?」


「えぇ。木下さんにはご不快なことかと思いますが、実は家の者が私のクラスメイトとなった皆様の身辺調査を行ってしまいまして……」


流石に『怪しいから調べた』とは言えません。


「あぁ、なるほど。それで」


やはり気付いていましたか。


「はい。不躾な視線を向けてしまいましたことも、謝罪させていただきます」


私にも彼女に対する同情がなかったとは言いませんが、襟口さんと鳴松さんは行き過ぎていましたからね。自分たちだってそれほど裕福なわけではないというのに、経済的に困窮していた木下さんを下にみてなにが面白いというのでしょうか。


……いえ、彼女からみれば私も同じ穴の貉、ですわね。


「確かに面白いお話ではありませんが、園城寺さん程の家の方なら、身近に居ることになるクラスメイトを調査することもあるでしょう。それがいきなり2週間も休むような人間なら要注意人物として調査するのは当たり前のことだと思いますので、調査の件については特に謝罪の必要ありませんよ。ただ、あまり吹聴してほしくはありませんが」


「ごもっともです。重ね重ね申し訳ございませんでした」


「「!?」」


はぁ。襟口さんと鳴松さんは私が木下さんに正式に謝罪したことを驚いているようですが、彼女たちは私をなんだと思っているんでしょうか。


大体、素行調査をしたことは許していただけましたが、調査内容を貴女方に話したことを許されたわけではないのですよ? 正式に謝罪をするのは当然のことでしょうに。


「まぁお受けいたします。それで、本題をお願いしても?」


……やはりお許しはいただけませんでしたか。それも仕方がありませんね。失った信用はこれから回復できるよう努力することにしましょう。


差し当たっては今、ですわ。


「隠してもしょうがないので正直にお話しますが、私どもの用件は、経済的に困窮している木下さんに対して融資のお話をすること


「え?」

「おい!」


「融資? あぁ。お金で囲い込もうといていた、と?」


「言葉を飾らずにいえば、そうなりますわ」


元々は木下さんが経済的に困っているのでしたら、龍造院さんが気にする前にこちらで面倒を見たい。というお話をするつもりでしたが……襟口さんと鳴松さんに乗せられたとはいえ、恥知らずな提案をするところでしたわ。


この方はそんなに簡単な相手ではありません。


それに、です。そんな形で彼女を龍造院さんから遠ざけて、一体どうしようというのでしょうか。


もしも彼女が龍造院さんに惹かれたら? そのときは正面から争って勝つだけの話。今まで私はそんな簡単なことまで忘れてしまっていました。なんと情けない。


「『融資のお話』。そう仰いましたよね? 今はそのつもりがない、と?」


(師匠と会う前なら一考の余地はありましたが、今では意味がないですね。というかそのお話なら園城寺さん一人で来るのでは? それに青色と赤色も驚いていますよ? どういうことでしょう?)


経済的に困窮しているはずなのに私からの融資の言葉に流されない。やはりこの方は……。


「えぇ、だって貴女はすでに己の足で立っているでしょう? そんな方にこのような申し出をするほど、私は恥知らずではありませんわ」


「……そうですか」


(いや、自分の足で立つどころか、完全に師匠におんぶにだっこですけど)


「私はこれでも今までたくさんの人を見てきました。その中にはお金を欲する方もいました。権力を欲する方もいました。ですが貴女からはそれらとは一線を画す、揺らがない芯のようなものがあります」


「……ほほう」


(揺らがない芯? あぁ、師匠ですね。精神的にも経済的にも完全に依存してますし)


「更に自分に対して卑下したようなところもなく、私を知りながら自然体で接してくるのも良いですね」


「……なるほど」


(良いですねって、もう個人の感想になってますよ? っていうか師匠に比べたらなぁ。実家がお金持ちだろうがなんだろうが、あの人に比べたらずっと常識的な存在なんですよね)


……やはり、彼女は違いますわね。


園城寺の家名を軽んずるつもりはありませんが、だからといって家の名前に委縮したり、家を利用しようとして寄ってくる者は同格の存在とは認めません。


襟口さんや鳴松さんはそうではありませんが、むやみやたらと対抗意識を燃やして並び立とうとするのも疲れます。


自分を正しく理解せずに『家よりも個人が大事』などと知ったようなことを言ってくる方もいますが、彼とも違います。


木下さんは園城寺家という家の価値を理解した上で、私個人として接してくれる。いわば龍造院さんと同じような行動を取れる、非常に稀有な存在です。


そんな方をお金で釣る? そのような真似をすべきではありません。

無論、友人として相談を受けたらその限りではありませんが、少なくとも今はその時ではありません。


なればこそ、私が彼女にするべき提案は融資のお話などではなく……。


「ですので、私からの本題です。木下アキラさん。私とお友達になりませんか?」


そう、私は彼女と対等のお付き合いをしたいのです。


「え? あ、はい?」


「駄目、でしょうか?」


「あ、いえ、驚いただけですから」


「では?」


「えっと。はい。よろしくお願いします?」


「えぇ。えぇ! よろしくお願いいたしますわ!」


このような場所で、そしてこのような形で対等なお友達を得ることになるなんて考えもしませんでしたわ! ふふふ。これからが楽しみですわね!




―――


このときアキラは内心で(面倒なことになりそうだなぁ)と思ったものの、さすがに敵意の欠片も無い相手(それもかなりのお金持ち)から、凄くいい笑顔で『お友達になりましょう』と言われて差し出された手を払う勇気はなかった。


「ふふふ。これからが楽しみですわね!」


「そ、ソウデスネ」


(これ、師匠はどう判断するんでしょうかねぇ)


こうして、ここに新たな友人ができたことを喜び、満面の笑みを浮かべる園城寺と、困惑しつつも手を握りかえすアキラの図が完成することとなった。


そんな二人を見せられていた残りの二人は何をしていたかというと……


「……なぁ、アレで良いのか?」

「……私に聞かないでよ」



予想外の方向に話が進んだことに驚き、そして頭を抱えていた。


二人には(本当は園城寺を交えた三人でアキラに『金はやるから龍造院に近づくな』と釘を刺しに来たはずなのに……)という思いはある。しかし、そもそもが龍造院を巡るライバルでしかない二人には、園城寺に対して『そいつと友達になるな』などと言える筋合いはないのだ。


結果、蚊帳の外にされた形となった二人は、なんとも言えない表情を浮かべつつ、目の前で握手を交わす園城寺とアキラを眺めることしかできなかったそうな。

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