⑥ 主人公、帰還して、報告する
まだ見ぬ敵が用意した恐ろしい罠を命からがら潜り抜け、なんとかゴブリンキングという強敵を討ち果たした俺は、帰還後にオッサンに依頼遂行中にあった一連の出来事を報告していた。
「というわけで、最上階にゴブリンキングが居ましたが、調教師のような存在は確認できませんでした」
そう。居たのだ。決して召喚されていたってわけではない。
保護した巫女候補に関してはまだ報告するつもりはない。
契約上彼女の所有権は俺に有るし、なにより後から『死にたい』って言われた場合、責任をもって殺してやる必要があるからな。その時に戸籍とか有ったら普通に殺人罪に問われるから、何をするにしても今の行方不明扱いが丁度良いのだ。
「なるほどなぁ。で、魔石は?」
「キングやジェネラル、ナイトには魔石は有りましたがリーダーや普通のゴブリンにはありませんでしたね。ダンジョンコアや素体に相当するモノも有りませんでした」
「……ふむ」
基本的にダンジョンで生まれる魔物は全部魔石をその身に宿しているのだが、野良になると魔石が小さかったり、そもそも魔石が無いヤツらも出てくる。
ダンジョンで生まれたのを第一世代とした場合、野良の第三世代くらいになると魔石が無くなったりするようだ。弟子が討伐したゴブリンの中にも魔石はなかったはずだ。
しかし、ある一定以上の強さになると世代に関係なく魔石が存在するようになる。これは恐らく一定の強さに至るまでに吸収してきた魔力が溜まった結果じゃないかと言われているが、その辺はよくわかっていない。
そもそも通常のゴブリンがゴブリンナイトと同じ強さに至るにはゴブリンを1万体以上殺す必要が有ると言われてるので検証が難しいのだ。いや、そこそこ優秀な探索者なら10人くらいでいいらしいが、検証のためだけにそこそこ優秀な探索者を殺すわけにもいかないので、やはり検証は難しい。
ま、今回の場合は話は簡単だ。召喚陣から出てきたことを考えれば自然発生ではなく、人為的な手が入った存在なのは間違いない。
あとは共生派がその辺の探索者に調査依頼を出すって形をとって探索者を誘導したり、もしくは直接魔石を与えたり、共食いさせたりして培養していたとみるべきだと思っている。
ゴブリンである理由は……やはり、数を増やすのが簡単なことと、プロに目をつけられ難いと言う点だろうな。普通ならゴブリンの巣の討伐などCランクのパーティを監督役にしてDだのEだのFランクの探索者が小遣いと実績を稼ぐために参加する形で行われるものだし、俺も最初はそいつらに回す気だったし。
向こうの狙いはそうやって派遣されてきた探索者を返り討ちにして、ギルドの戦力と信用を削ると同時にゴブリンたちを強化することにあったのだろう。ついでに巫女を作ることができれば完璧だったはずだ。そして最初に送り込んだ探索者たちの敗北を知ったギルドが上級の探索者を派遣したら、捨て駒を残して強化した兵士の大半を逃がすつもりだったと思われる。
つまり、ギルドの偵察で発見されたゴブリンの大半は、生け贄兼低ランクの探索者を招き寄せるための餌だったのだ。
『大都市が近く、探索者が多い』という状況を危機と認識せず、むしろ『餌になる下級の探索者が大量に居る』という発想に切り換え、その上であえてゴブリンを使うことで上級探索者のやる気を削ぎ、安全マージンを確保しつつ兵の増強をしていく策。
うん。敵ながら良い策だと思う。
ジェネラル数体だけならDランクのパーティーが複数いれば十分だが、ゴブリンキングにはどう転んでも勝てないからな。
本来ならかなりの数の探索者が死に、向こうの手駒が相当強化されていたはずだった……しかし、残念ながら、というべきだろうか。今回は俺が最初に動いたせいで向こうの企ては水泡に帰した。
いや、実際はいつからこの策を仕掛けられていたのかわからないし、これまでどれくらいの探索者が死んだかはわからないから完全に失敗とは言えないが、とりあえず今後ギルドもゴブリンの巣を軽視するようなことはなくなったから、これ以上の犠牲は出ないだろうと思われる。
「キング、なぁ。魔石の純度を見てみねぇと何とも言えねぇが、素体になってねぇならまだ育成途中だったってことかねぇ?」
「おそらくはそうでしょう」
魔石は魔力が凝縮された結晶だが、その中に一定以上の魔力が貯まると素体っぽいモノになり、それが一定以上の魔力を蓄えたらダンジョンコアになる。(軽く一定とは言うが、実際に魔石から素体に、素体からコアになるまでには膨大な魔力が必要である)
もしもの話だが、事実上魔物を無尽蔵に産み出せる――当然相応の魔力、というかDP(ダンジョンポイント)は必要になるが――ダンジョンコアを持った魔物を使役できるようになれば、テロだろうが何だろうが思いのままになるのは明白。故に共生派がそれを目指すのは決して荒唐無稽な話ではない。
ただまぁ、実際はダンジョンコアを宿した時点で、その魔物は魔物からダンジョンボスと言った形で存在そのものが昇華されるから、共生派だろうが調教師だろうが何だろうが権力関係なしに個人の力が弱ければ喰われて終わるんだけどな。
だが、向こうの狙いが高ランクの魔物を使役することではなく、仙台の近くにダンジョンコアを宿した魔物を解き放つというだけならそれほど難しいことではない。
共生派が自分たちの身を危うくするような真似をするとは思えないが、共生派に協力している相手が人間の都合に配慮するか? となると、なぁ。
巣の中で偉そうにしてるならまだしも、フィールドボスのように普通にキングクラスが出てきたら遭遇した探索者の大半は死ぬことになるだろう。ゲーム風に言えば町中に魔王が出てくるようなものだ。そんなん誰だって死ぬわ。
「お前ぇさんを派遣して正解だったぜぇ。つーかお前ぇさんが発見者で助かったってとこだなぁ」
「でしょうね」
結果論ではあるが、向こうの策を未然に防いだことになったからな。そりゃオッサンとしてはそう判断するだろうさ。
今回向こうの策が失敗した原因は、俺が弟子を鍛えるために壁の外に出た際に巣の存在を確信し、その情報をオッサンに直接報告したことだろう。
もしも俺が外出していなければ、その辺を狩場にしていたDランクあたりの探索者が巣を発見し、ギルドに報告し、その報告を受けた職員により普通に調査依頼や討伐依頼が出され、向こうが仕掛けた罠に嵌まっていたはずだからな。
しかし、俺が巣の痕跡を発見し、支部長であるオッサンに報告してしまったため、探索者に討伐依頼を出す前に俺が動く下地ができてしまった。これがまさか連中の狙いを挫く一手になろうとは、さしものオッサンも想定していなかっただろうよ。
「現時点でどれだけの戦力が有るのかはわかりませんが、とりあえず付近のゴブリンの巣は徹底して破壊すべきです。時間を置けばそれだけ強化されてしまいますし」
なにせ偶然踏み込んだ巣に待ち構えていた相手がAランクのゴブリンキングだ。
何の対処もせずにいたら、たかがゴブリンと舐めてかかった低ランクの探索者がどれだけ殺られていたことか……もしかしたら弟子の父親もこれに巻き込まれた? いや、向こうはダンジョンアタックって話だから違うか。
とりあえず、何者かがギルドのマニュアルを利用して罠を仕掛けていたのは紛れもない事実だ。ならばこれ以上向こうに対処される前に動くべきだろうよ。
「だなぁ。それじゃ他の巣も調査しておくから、発見したら幾つかは頼むぜぇ?」
さらりと次の仕事を入れてきやがった。俺は学生だって言ってるんだがなぁ。とはいえ流石にこれは断れん。
「今回は仕方ないですね」
オッサンにしてみれば、周囲に内緒にできて、且つ話の裏側まで理解していて、更に安値で使える戦力である俺はさぞかし使い勝手が良いだろうよ。俺としても向こうの策を放置して四方八方からダンジョンボスやらゴブリンキングに襲撃されるようなことになるのは御免だし、働くのはしょうがない。
けど、それと報酬が安いのに納得するのは別問題だ。
「ただし、報酬には色をつけてもらいますよ?」
流石に今回みたいな最安値では動かんぞ。
「おぅよ。今回のキングの件があれば秘匿厳守の指名依頼って形で正式に依頼を出せるからなぁ。少なくとも今回の倍は出してやるよ
「そっすか」
自信満々に倍額を出すとか言っているが、そんな金がどこから……あぁ、大都市の目と鼻の先に大規模なゴブリンの巣が有り、更にゴブリンジェネラルを率いるゴブリンキングが居たんだ。立派に大事件だわ。
この規模なら国家の防衛予算から予算を計上できるし、今回の件だってギルドの自腹にはならんってか。どーりで上機嫌なわけだ。
今回俺に入ってくる金額は変わらんけど。
ま、今回はともかく、今後は支払われる報酬も上がるし、ジェネラルやキングの魔石や死体を独占出来ると言うのは俺にとっても悪くない。
ゴブリンの死体と言えば、弟子の強化に回したいところだが、流石に持ち歩くには数が有りすぎたし、まだ未熟な弟子を討伐に連れて歩くわけにもいかんから、ほとんど消化しちゃったんだよな。
流石に今の弟子にジェネラルやキングをやるわけにもいかんから、今回は残念ながらお土産は無しだ。全部俺が吸収してしまおう。
さて。今回のゴブリンの件についてはこんなもんか。
「じゃ、今日はこのへんで」
「おうよ。気を付け……る必要はないかもしれねぇが、油断はすんなよ」
「了解です」
俺がやったとは気付かれていないとは思うが、向こうの規模が分からない以上は警戒しておくにこしたことはないからな。
――
「あ、戻ったら弟子の母親との面接もあったな」
件のギルド職員に感付かれないようにするために、母親がパートを辞めて引っ越しが終わってから一括で借金の返済をする予定だから、その旨も伝えないと。
ちなみに借金に関しては全額俺が支払うので、債権は完全に消失することになる。借用書も何もないので、向こうは法的に俺に返済をする必要もない。完全にまっさらになるわけだ。
このことを理解したら、母親はどうするかねぇ?
目先の脅威から娘を守るために俺との距離を取らせようとするか?
それとも今後のことを考えて俺との繋がりを保とうとするか?
娘が正式に俺の弟子として登録されてる以上は下手なことはしないと思うが、正直に言って、娘を案じる親の気持ちなんて俺にはわからん。
「なんにせよ面接のときの態度次第なんだけどな」
弟子との約束も有るからこっちから放逐したりはしないが、それでも向こうが俺の差し出した手を振り払うのであれば話は別。態度によって扱いに差がでるのは当たり前の話だよなぁ?
――弟子の育成から始まった一連の流れにとりあえずの区切りを付けた俺は、帰宅後に行う予定である『弟子一家の将来がかかった面接』に思いを馳せるのであった。
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