3-4
エレマンとマキシスはすでに記憶の欠落が起きている。
それは誰が見てもひと目で分かり……残された短い生命を気の毒に思って暖かく見守っていた。
「父上! 私の婚約を破棄してください!」
「…………破棄してどうするのですか」
「ここにいるマキシスと婚約したいのです!」
「……分かった、許そう」
父親の言葉にエレマンとマキシスは抱き合って喜びを爆発させる。
「「やったぁ!」」
「これでいつも一緒にいられるぞ!」
「エレマンさま、嬉しいです!」
2人に残された幸せは1年もない。
少しずつ記憶が薄れて体力も失われて、やがて心臓が止まる。
それでも最後まで2人は互いの存在を忘れず求めあう。
それはきっと幸せなのだろう。
愛する人を見つけられず、家族にも見捨てられて孤独に死んでいく者も多いのだから。
「マキシス、愛しているよ」
「エレマンさま、私もです」
2人はその場で抱き合い喜ぶ。
すでに2人の記憶に家族の存在はないのだろう。
エレマンが「父上」と呼んだ男性、彼は数時間前にエレマン本人に罵倒され突き飛ばされた宰相だったことすら忘れているのだ。
今もなお王子という身分であるエレマンが来ても椅子に座っていたのは、倒されたときに足と腰を痛めて立てなかったから。
エレマンが飛び込んだのは国王の執務室だったが、今は公式な行事の最中である。
その新年のパーティーも謁見の間からパーティー会場に移り、華やかな曲が流れている。
両陛下はそちらで接待の真っ最中で、怪我を負った宰相は国王陛下の執務室にある自身の机で書類を分けていたのだ。
しかし2人は周囲のことに気が付かないようで、なにが行われているのかも分からなくなっている。
「さあ、もう行きなさい。好きなところへ」
「ありがとうございま~す!」
「ありがとうございます、父上!」
嬉しそうに執務室を出ていく2人。
ここから2人の破滅が始まる。
……いや、すでに始まっているのかもしれない。
✰ ✰ ✰ ✰ ✰
エレマンもまた両陛下から死を望まれてきた『気の毒な子ども』だった。
エレマンは前王の落とし胤で、国王の歳の離れた弟である。
母は皇后で間違いはない、といえば何があったか分かるだろう。
皇后……当時は王太子妃だった彼女の尊厳を踏み躙る行為。
その直後に前王は病死し、国葬後現王が立った。
「生まれてくる子に罪はありません」
そんなセリフが皇后の口から発せられた。
全身を震わせ、声を震わせ。
それでも勇気を奮い立たせながら。
皇后の思いから生まれた不義の子、それがエレマンだった。
エレマンに望まれたのはただひとつ。
「臣籍降下して兄を支えるひとりになって」
その願いは見事に裏切られることとなった。
王子という立場を笠に着て、やりたい三昧・好き放題・わがままし放題。
それは前王、エレマンの実の父の学生時代を知る者たちには『悪夢ふたたび』だった。
こんな男にコロリンといっちゃうのはマキシスくらいだろう。
しかし、ひとりでも自分を肯定し慕う者が現れたことで、それまでの行動は落ち着いた。
その様子に、周囲は自分たちが間違っていたと気付かされた。
「私たちはそうだと自覚していなかったけど……エレマンを色眼鏡で見ていたのかもしれない。不義の子として接していたのかも」
口に出してしまえば、自分の接し方が間違っていたと自覚することになる。
自分たちがほかの王子たちと同じように接していたかと自身に問えば否定する。
王子たちもまた、同じ母から生まれた末の弟として、家族として接してきたかと問えば……自身に返ってくる心の声は「NO」である。
エレマンの中にひそむ孤独な心が、今までの態度の理由に結びつく。
エレマンに対する自分たちの後悔と懺悔、そして戻ってやり直すことのできない償いの思い。
そして孤独なエレマンに寄り添い、ともに死を迎えるであろうマキシスに感謝した。
「もう行きなさい。好きなところへ」
宰相が2人に贈った言葉は王家の
どこにいても、たとえ学園に通わなくても。
学園を卒業出来なかったことで、死へのカウントダウンは始まっている。
……入学の時点ですでに生命の選別が始まっていたのだろう。
2人はエレマンが与えられている王子宮で新婚生活を過ごし……その年の秋、卒業式当日の朝、卒業生と共に旅立っていった。
動かなくなった手を重ね、指を絡ませて固く握り合い、寄り添い眠っているようなその顔は幸せそうな笑顔だったという。
<3-5へ>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。