短編集
アーエル
狂った聖女は『幸せな夢』をみるか?✻
「さあ。復讐パーティーを始めましょう」
圧倒的な力の差を見せつけた少女は不敵に笑う。
すうっと静かに右手をあげた少女が唱えた。
『罪なき幼子に
この時、王城にいた貴族たちは知らなかった。王国中の8歳までの子供たちが一瞬でその生命を終えたことを。
8歳。それは少女の大切な妹がこの国の兵士たちに凌辱されて
8歳。それは少女の大切な弟がこの国の兵士たちにボールのように蹴られて惨たらしく腹を切り裂かれて
すでに、見えない膜に覆われたこの国から逃げ出すことは出来ない。
「ウフフ。この国がよーく見えるようにしましょうねー」
王城の最上階。それも丘の上にあるこの部屋の四方の壁が、少女のひと言で取り払われた。
遠く、はるか遠くの国境まで見渡せるこの場から、東西南北に火柱が上がっているのが見える。火柱は透明な膜の内側で上がっていた。
膜に反射した火柱が、さらに何倍もの大きさで王城に集った王侯貴族たちの目には映っただろう。
「彼処は、国境警備隊が守っている砦ではないか・・・」
「この国にはもう『砦』なんていらないでしょう?」
「な、にを・・・」
「だあって。この国は私に『壊される』んだもん♪」
アハハと楽しそうに笑う少女。
「お父さんも。お母さんも。お姉ちゃんも。妹も。弟も。みーんな、あなたたちが殺したの。だから今度は、あなたたちみーんなが殺される番よ」
ねえ。楽しい?嬉しい?これがあなたたちの『運命』なのよ。生まれてきたことを嘆きなさい。後悔しなさい。・・・反省しても、今さら遅いけどね。あなたたちは、この地で死ねず永遠に苦しみ続けるのだから。
そう言って笑う少女。誰も何も言えない。言えるはずがない。
「これがあなたたちの『運命』なのよ。生まれてきたことを嘆きなさい。後悔しなさい。・・・後悔しても、今さら遅いけどね。あなたたちは、ここで死ぬのだから」
少女の家族にそう罵り、嬲られ生きたまま焼き殺されていくのを笑いながら見ていたのは自分たちなのだから。
「お願い。許して」
少女に泣きながら謝るのは、少女の姉に不利な『嘘の証言』をした、姉の親友だったモノ。
少女が『自分が彼女の姉を裏切ったことを知らない』と思い込んでいる元・親友は、可愛い笑顔を見せる少女に一瞬安心した。
しかし、それは間違いだったと気付いたのは、ツタに絡まれて身動き出来なくなってからだった。
「イヤ!離して!」
「えー?だってー。『後悔しても今さら遅い』んでしょ?」
「な、にを」
「知ってるよー。自分がしてきたことを、お姉ちゃんがしたってウソ吐いたのー」
「ち、ちが」
「違わないよー。だって、そこのお兄ちゃんと『裸で抱き合ってた』時に言ったじゃん。『お姉ちゃんがいなかったら、いつまでもこうして一緒にいられるのに』って。『だったら罪をでっち上げて一家が処刑されるようにしよう』『聖女をニセモノだったと偽の証明を作って、国を
『そこのお兄ちゃん』と呼ばれたのは大公の息子。少女の姉の婚約者だった男だ。
何方も表情は青褪めている様子から、少女の言葉が真実だと誰もが理解した。
『聖女はすべてを知っている』
少女の両親が言い遺したその言葉を誰もが思い出し、その言葉が真実であることに気付き、改めて少女が『真の聖女様』だったことに慄いた。
そして『後悔しても今さら遅い』と嘲笑った自身の言動に後悔した。
「二人でお姉ちゃんを裏切って、五人でお姉ちゃんを殺したのに。泣いて謝って心で嘲笑って許してもらえるなんて。・・・どこまで私をバカにしているのかしら?」
急に大人びた口調で憎しみの目を向ける少女。
その口調は少女の姉に似ている。それに気付き逃げ出そうとした大公の息子だったが、ツタに絡まれて浮気相手の隣に移動させられた。
「ねえ。そことそこのお兄ちゃん。そっちの王子さまも、だよね」
少女が指をさした男たち。この国の王太子と、騎士団長の息子。魔術師団長の息子が身体をツタに巻き付かれ、同じく姉の元親友の所まで連れてこられる。
「この人たちも『相手』だよねー」
『なに』と言わなくても、誰もが気付いた。『裸で抱き合ってた』関係で、少女の姉を殺した関係者だ。
一人の女性を『共有』していた四人の男たち。
彼らは婚約者がいる者同士だったが、不貞を働いていたようだ。その事に、『不貞をバラされた者たち』より『不貞をされた令嬢』たちの方が青褪めた。
背に生えた『光の翼』は、少女が聖女である証。
「聖女様!どうかお許しを!」
「我らをお救い下さい」
「イ・ヤ!」
少女が聖女であるという事実。
その聖女や聖女の家族を、自分たちの欲望のために、出世のために、快楽のために皆殺しにしたという事実。
それでも、聖女とはいえ10歳の少女だ。
上手く誤魔化せば何とかなる。
何とか出来なくても、脅せばいうことを聞かせられる。
躾という名の暴力で。
此処にいる『暴力に慣れた』連中は甘い考えを胸の奥に隠し持っていた。
「その聖女の家族を皆殺しにしたのに?嬲り殺しにしたのに?それで、どうして『許してもらえる』なんて思えるの?許すハズないじゃない。何十年も何百年も何千年も。その身で罪を償ってね」
「そんなことをして、ただで済むと思っているのか!」
恫喝する男に少女は無邪気に笑う。
「思ってるよ」
少女が男に指を向けて軽く下げると、男の服が、胸が、ゆっくりと縦に切り開かれていく。
「な・・・あががが・・・た、たす・・・たすけ・・・」
「ねえ。さっきまでの偉そうな態度はどうしたの?ねえ。私に『何をする』んだって?」
「ゆ、るし・・・」
「やーだよぉっだ。脅すのに失敗したんだから、反撃されても仕方がないでしょう。それに、私の弟をこうやって切り開いたの、あなただよ?」
「ちが・・・わたしじゃ」
「あなただよ。命令したの。聖女の私が『何も知らない』と思ってるの?」
少女の言葉に目を見開く男。そう。指示を出したのだ。自分のチカラを誇示するために「見せしめのために腹を切り裂き
「ねぇねぇ。あなたが命令した男、どうなったと思う?」
少女が楽しそうに笑う。それと同時に、扉から血塗れの兵士が入ってきた。腹部からズルズルと腸を引き摺って歩く姿に、各所から悲鳴が上がる。
「ハラを、切り裂き・・・腸を、引き摺りだせ。ハラを・・・切り裂き・・・腸、を・・・」
「なっ!来るな!止めろ!止めないか!!!」
自分の主人の命令を呪文のように繰り返す兵士は、床に倒れている自分の主人に近付き、主人の腹に短刀を突き刺し、切り開き、腸を引き摺り出す。
「カッ、ハッ・・・」
「だーいじょーぶだよ。私が許すまで、みーんな『死なない』からー。イターイ思いをするだけー。アハハハハハー!簡単には死なないよー。腐りもしないよー。狂いもしないよー。だから、安心してパーティーを楽しもうよ。ね♪」
そう。死んだのは少女が唱えた呪文で眠るように逝けた『8歳以下の子供たち』だけ。弟妹と同じ歳以下の子供たちだけ。でも、弟妹たちをイジメた子供たちは生きている。大丈夫。彼らも復讐の対象だから、目の前で。周囲で。子供たちが死んでいっても狂わない。・・・狂えない。
「みーんな死なない。狂わない。だあって。『罪を償わずに死ぬ』なんて、神様だって許さないよぉー」
少女は・・・聖女は笑う。
背の翼は『光り輝いたまま』だ。『堕天の黒』ではない。つまり少女の復讐劇は『神が認めた』ということになる。
「みーんなの子供たちが死んだのは、いまお城にいる人たちのせいだよぉー」
少女の楽しそうな声は、国境近くの村々にまで届いた。子供の亡骸を抱きしめて悲しんでいる親や家族は、その声で王城のある方角に目をやる。
王城の上に、真白く大きな翼が光り輝いている。
「でもー。子供たちが死んだのは、聖女の家族を殺した自分たちのせいでもあるんだよー」
続いて聞こえた声に、青褪めた大人たちは子供を抱きしめて嘆き悲しむ。
「お願い!子供に罪はないハズよ!だから子供の生命を助けて!私の生命をあげるから!」
そう叫ぶ母親もいる。その声は次第に広がっていった。
そんな親たちの悲痛な声に、少女の笑い声が重なる。
「子供の生命を助けて?だったら、私の家族を一族を。あなたたちに殺されたみんなを生き返らせてくれたら助けてア・ゲ・ル♪ねえ。出来るんでしょ?ねえ。ねえ。私の家族を生き返らせて♪ねえ。自分の『お願い』を言う前に、皆で
「イヤァァァァァァァ!!」
叫ぶ親たちの腕の中で死んだハズの子供たちが静かに目を開いた。そして言った。「パパを許さない。ママを許さない」と。憎しみの目を向けて。
女の子たちは、町や村を守っていた兵士たちに代わる代わる凌辱されては串刺しにされて惨たらしく殺されて、遺体は広場に突き立てられる。
男の子たちは、町や村を守っていた兵士たちにボールのように蹴られ、腹を切り裂かれて腸を引き摺り出されて広場に放置されて死に至る。
そして死んだはずの子供たちは、全員が死んだ30分後に『何事もなかった』ように時間が巻き戻り、無傷の状態で息を吹き返しては、同じ死に方を繰り返す。
子供たちも狂わない。狂えない。ひたすら救いを求めて叫び続ける。時間は巻き戻るが、記憶は重ねられていく。
広場を覆う透明な壁の中で、救いを求め、泣き叫び、殺されていく子供たちを救うことも出来ない親たちは、泣きながら神に聖女に祈る。「子供たちを救ってくれ」と。
そんな親たちに少女は嗤う。
「子供たちを救った私に『余計なことをするな!今すぐ生き返らせろ』って言ったクセに。それがどれだけ『罪深いこと』か考えずに、ね。『死んだ者を生き返らせる』なんて、『神様への冒涜』なんだよ。その罪は、無垢な子供たちが背負うことになった。だって、あなたたちはすでに『
そう。理不尽にも親たちの身勝手で混沌の世界に戻される子供たちに、神は『誰に責任があるのか』を詳しく説明したのだ。『恨むなら親を恨め』と。
『君たちの親は、君たちを生き返らせろという憎しみに似た強い感情を聖女にぶつけた。自分たちは聖女の家族を、一族を、ひとり残らず惨殺したのに。赤子でさえ生きたまま噴水に投げ込み、死んでいくのを笑いながら見ていたというのに。それでも聖女は慈悲の心で、弟や妹が殺された年齢以下の君たちには罪を問わず、バツを与えず、苦しませずに私のもとへと送ったのに。君たちはこれから『愚かな親たちの身勝手な願い』のバツを受ける。聖女の弟と妹が囚われて殺された方法で君たちは繰り返し殺される。2歳までの子は噴水に投げ込まれて死んで逝く。残念だが、それを望んだのは聖女ではない。君たちの親や家族だ』
神にとって、聖女の悲しみは自身の罪でもあった。
少女が10歳の誕生日に神殿へ『祝福』を受けに来た。その時に彼女を聖女に選んだのは自分だ。その結果、少女は家族から引き離され、神殿の奥に閉じ込められた。聖女が現れたのが前の聖女が亡くなって300年振りだったため、少女が祝福を受けに行った神殿は聖女を盾に権力を得ることを望み、他所の神殿に奪われたくなかったのだ。
その神殿同士の権力闘争が、少女を『ニセモノ』とでっち上げて国王たちに偽の証言をした。さらに愚かな王太子たちが国民たちを煽ったため、家族だけでなく親族一同を『皆殺し』にした。暴徒と化した民衆は『ニセモノの聖女』がいる神殿を囲み火を点けた。
『神の加護』を受けた聖女が、そのようなことで死ぬことはない。暴徒が火を点ける前に、生きたまま神界に救い上げられたのだ。神界では望めば過去を見ることができる。少女は『何が起きているのか』を知りたいと願った。
・・・そして『すべてを知ってしまった』。
少女は望んだ。『国民全員に罪を償ってもらうこと』を。
神のチカラを贈られた聖女なら、それも可能だ。なにより『生きたまま神界に招かれた』以上、少女は『聖女』でありながら『生き神様』でもある。彼女は『聖女の白き翼を持った神のひとり』として地上に降臨しているのだった。
今は伝説として語られる物語。
しかし『封じられた国』は実際にあり、興味本位で入った者は二度と戻ってこなかった。
それはそうだろう。『見えない膜に覆われたこの国から逃げ出すことは出来ない』と語られているのだ。
「自分は関係ない」という言い訳は通用しない。足を踏み入れたと同時に『国に関わった』のだから。
すでにその国に『白き翼の聖女』はいない。すべての人たちに罰を与えたのだから。今は殺される日々を繰り返し、『いつか来る終わり』を望み、死んでは生き返り、ふたたび死を迎える。
少女の姉を裏切った親友は、少女の姉と同じように
少女の姉を裏切った婚約者は少女の両親が受けたのと同じように、生きながら焼かれた。違うのは、城門前の広場で鉄杭に括られ、焼かれ続けていることだろう。煙で窒息することも、あげ続ける叫びで声を枯らすこともない。やはり一度も死ぬことはなく、痛みや熱さから一瞬も逃れることは許されていない。
二人と共謀した王太子たちは、不貞という形で裏切られた婚約者たちの手で8つ裂きにされては、毎日0時に回復した。その令嬢たちも、婚約者を8つ裂きにした後に、裏切った親友と同じように兵士たちに凌辱され続けた。その姿を、切り刻まれても死ねない王太子たちは、バラバラになった姿で見せられ続けて自分たちがしたことを後悔した。
少女は真っ先に兵士たちに罰を与えた。
弟妹を殺した兵士たちは、弟にしたように自らの腹を切り裂き腸を引き摺り出させた。そして理性を壊した。理性を壊された兵士たちは、『仲間』を増やすために逃げ回る兵士たちの腹を切り裂き腸を引き摺り出した。
兵士たちは「命じられたこと」を忠実に再現し始めた。『少女の家族や一族』に対して行うよう命じられた通りに、手足を潰し逃げられないようにしてから婦女子を凌辱して火を点けた。焼け死んで30分後に身体が再生すると、ふたたび兵士たちは襲いかかった。
兵士たちは『命令通り』にしているだけだ。ただ『目の前にいる相手が誰か分からない』だけで・・・。そのため、兵士の家族が親兄弟に凌辱され続けるという悲劇も起きた。
辺境では、大人たちは大釜に油を煮立てて投げ込まれていた。8歳以上の子供や若者たちは、衣服に火を点けられて転げ回っていた。
どれも、少女の一族が殺された方法だ。
子供たちを苦しめるために生き返らせてしまった親たちは、初めは我が子が泣き叫び神に許しを乞う姿に涙していた。しかし、兵士たちに捕まり、拷問と称して手足を潰され凌辱されると、あっさり自らの救いを求めるようになった。
その姿に、親の罰を受けていた子供たちは涙した。
神は555年目に子供たちだけを『地獄』から救った。その代わり、子供たちが受けていた『地獄』を親たちはその身で償うこととなった。
男たちは手足を砕かれ、散々ボールのように蹴られ、腹を切り裂き腸を引き摺り出された。女たちは、凌辱されて串刺しにされて広場に立てられた。
555年。
それは子供たちの数と『好奇心で国に入って来た』者たちの数が同じになったからだ。もちろん、少女の弟妹を率先してイジメて『死の救い』を贈られなかった子供たちは、罰は続くため除外された。
新たに加わった者たちは、男女に関わらず手足を砕かれ生きたまま火に
だからと言って、彼らも死ねなかった。気付くと、ふたたび手足を砕かれる直前に戻っていた。
「助けてくれ!!!」
叫んでも、彼らに救いは来ない。自ら乗り込んで来たのだから。元々、彼らは悪事を働いた者たちだ。「追っ手が来られない国」のウワサに興味をもったのだ。
救われた子供たちは、神の
聖女だった少女と共に。
そして、いつの日か地上へ・・・
『聖女』の存在が過去となり、伝説となり、二度と現れなくなった世界で幸せな人生が送れる。
その日まで、子供たちは神に見守られて眠り続ける。
『滅びし国』に救いはない。
今はすでに『地の底』へと移された。それでもウワサを聞きつけて入るものが時々いる。
・・・彼らは二度と戻ってこなかった。
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