第09話 帰宅

 翌日、集落の人々に見送られながらギルドへと帰還した。依頼されていた魔物から切り取った一部を提示して依頼達成……とはならなかった。

 受付をしていた女性は、何かを疑うようにソラに視線を向けた。



「その集落までは往復で一月は掛かるはずですが……」


「べ、別に僕らは嘘をついてなんか――」



 そう言うルークを、ソラは片手で制した。



「じゃあ別にいいです。依頼は破棄しておいてください」


「それだと料金が掛かりますけど、よろしいですか?」


「これを換金したいので、そこから天引きしておいてください」



 ソラはそう言いながら、さほど高級感の感じられないネックレスやブレスレットなどのジュエリーを数品提示した。それを見た受付嬢はさらに疑うような視線を送りつつ、それらを持って奥の部屋へと向かって行った。



「師匠、あれは何なんですか?」


「山賊のアジトにあったジュエリー。全部長老に譲ろうとしたんだけど、断られてさ。とりあえず適当に安っぽそうなのを数点貰ったんだ。こんな形で使うつもりは無かったんだけどね」


「それは仕方ないと思います。ご主人様のスキルはかなり希有ですから、実際に見ていないと信じるのは難しいのではないでしょうか?」


「そうかもね。取り敢えずの目的は食料確保だから、これである程度のお金になれば問題はないかな。もし本当に価値が無かったら……ティアとルークには悪いけどまた依頼を受けないといけなくなるかも」


「私は問題ありません。ご主人様にお任せします」


「僕も別に構いません。討伐系の依頼なら練習にもなりますし、そうでなくても師匠が相手をしてくれるというのならどこでもできますし」



 そんな会話をしつつ待っていたソラ達の前に現れたのは先ほどの受付嬢ではなく、ギルドマスターだった。



「驚かせてすまんな」


「それは別にいいんですけど……。俺たちに何か用ですか?」


「なに、用と言うほどの事でもない。お前らが依頼を達成したと言う言葉を信じる、と言う報告をしに来ただけだ」


「……いいんですか?」


「俺が決めたことだからな、誰も反対はしねぇだろう。お前さんたちの方は知らんが、少なくともルークは嘘を吐くような奴じゃないことはよく知ってるからな」



 その言葉に驚きつつも、ルークは礼を言う。



「あ、ありがとうございます」


「気にするな。ギルドを束ねる者としては、一緒に働く仲間のことは出来るだけ覚えておくようにしているだけだからな。それはそうと、あのジュエリーはどうしたんだ? まさか魔物を討伐して手に入れたって訳じゃないだろう?」


「山賊に襲われたので返り討ちにしたんです。その時に彼らが持っていたのを回収したんです」



 ソラのその説明を聞いて、ギルドマスターは野太い声でガハハと笑った。



「お前さんを相手にするとはそいつらも運が無かったな。ところで、そういった品がどう扱われるか知ってるのか?」


「「?」」


「流石にルークは知ってたようだな」


「えっと、はい。一応ですけど」


「賊をしている輩は無駄に連携が取れてやがるからな。そのせいであぁいった金品を回収するところまでかぎつける奴は少ねぇから、ギルドでも知らない連中もいるはずだ」


「それで、俺たちはどうすればいいんですか?」


「選択肢は二つだ。一つはそのままギルドに売り払うって方法だ。こっちは俺たちの言い値で買い取らせてもらう。無論、ぼったくるような真似はしねぇ。もう一つはギルドに届け出を出すだけって方法だ。賊に奪われた金品は誰かの形見だったりするから、大金を掛けてでも入手したい奴も少なくねぇ。そういった相手が現れた時に自分で交渉する、ってのが目的だな」



 それを聞いたソラは、ティアの方へと視線を送った。



「依頼の報酬でどのぐらいの食料買える?」


「多く見積もっても、一週間持たないと思います」



 そんな二人の会話でソラの意図を察したルークが口を開く。



「師匠、さっきも言いましたけど、僕は別に依頼を受けながらでもいいですよ。その方が今後のためにもなるかもしれませんし」



 その言葉を聞いて、ソラはギルドマスターの方へと再び向き直る。



「ギルドマスター、それタダで売ります。それなりの事情がある方が来たらそのまま渡してください。誰も来なければギルドの方にお任せします」


「……本当に良いのか? お前らが知っているかは知らんが、あの中にはそれなりに高価なものもあったが……」


「構いません。俺は大金を求めているわけではないので」


「それはそうかもしれんが……。ルークの方は事情が違うだろう?」


「賊はすべて師匠が一人で殲滅しました。だから、師匠の選択にケチをつけるつもりはありません。それに、孤児院の方に回すお金はきちんと自分で稼ぎたいんです」


「そうか……。分かった、そこまで言うのならば止めることはせん。ギルドで管理させてもらおう。依頼の報酬はもう少ししたら受付の人間が持ってくるから待っていてくれ」



 そう言ってその場から離れようとするギルドマスターを、ソラは呼び止めた。



「すみません、一つ頼まれてもらえませんか?」


「なんだ?」


「もし今後、『ネロ』と言う名前宛てに依頼が来たら俺の方に回して貰うようにできますか?」


「ギルドに登録していないから手数料は多めに徴収することになるが、それでもいいのか?」


「はい、それで構いません」


「分かった。他の者にも伝えておこう」





 街で依頼料を使って食料を買った三人は、帰路へと着いていた。



「師匠、ネロと言うのは……?」


「集落の長老が俺に依頼を出したいときに名前がいる、みたいなことを言われてさ。その時に思いついた名前だよ」


「ルークさんやフェミさんに頼らなくても依頼を受けられるように、ってことですか?」


「もともとミラが決闘じみたあれに乗り気だったのもそれが目的だったから別にいいかなって。ほら、俺たちはギルドカードを作れないから」


「僕はギルドカードがあるので考えたことありませんでしたけど、確かに無かったら不便そうですね」


「そういうこと。別に一人で依頼を受けられるようになったからってあそこから動くつもりは無いから、たまにはフェミと遊びに来てよ」


「そうさせてもらいます。僕らにとっては遊びではなく鍛錬が目的かもしれませんけど」



 そんな会話をしながら、ソラ達は森の中にある家に辿り着いた。

 扉を開けると、机に上半身を乗せてぐったりとしているフェミが目に留まった。その横ではミラが本に視線を落としていた。



「お主がおるのに随分と掛かったな。魔物討伐だろうが薬草採集だろうがすぐに終わるものじゃと思っておったのじゃが……」


「ちょっと色々あってさ。それで、フェミはどうしたの?」


「昨夜食料が尽きてから何も食べてないんです……」


「直ぐに夕食の準備するので待ってて下さい」


「私も手伝いますよ。その方が早く終わるでしょうし」



 そう言うと、フェミはティアに続いて調理台の方へと向かって行った。



「師匠は元気そうですね」


「妾には空腹と言う概念がないからの」


「……そうなんですね(?)」



 ミラの言葉に若干の違和感を感じつつも、ルークはそう答えた。



「……そういえばハシクは?」


「さあな。食事を楽しみにしておった節があったから、食料が無いのを察してどこかへ行ったのじゃろう――と、考察はしてみるものの正直なところは分からぬ」


「そうだね。僕と一緒にいるのも暇つぶしみたいなこと言ってたし」


「元よりそういう気まぐれな存在じゃからな。妾たちが想像するだけ無駄じゃろう」


「それもそうだね」



 ソラとミラの会話を聞いていたが、ハシクの正体を知らないルークには首を傾げることしかできなかった。

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