第07話 真の依頼
その場に一瞬の沈黙が降りたが、すぐに苦しみに悶える男の声が響き渡る。誰もが母親へと刃が振り下ろされると確信したその瞬間、山賊の右肩から先は武器と共に消滅した。
「長老、集落の子供はそこにいるので全員ですか?」
突如かけられた声に長老は驚く。今までそこには誰もいなかったはずの場所に突然現れたのだから当たり前だ。
「長老」
ソラの二度目の問いかけにようや我を取り戻した長老はどうにかそれに答える。
「い、いや、全員ではない」
「そうですか」
それだけ言うとソラは山賊の方へと体を向けた。
「冒険者か? そんなものを雇う金などここには――」
「俺は冒険者じゃない。ただの流れ者だ」
そう答えるソラの声は酷く冷たく、どこか見下したようなものだった。
一方、山賊はそんな会話をしつつすぐそこで蹲っている仲間の方に一瞬視線を向けた。突然体の一部が消え去った。それと同時に目の前の男は突然現れた。記憶の中にあるスキルを辿るが、そんなことが出来るスキルは彼の記憶には無かった。
「何のためにこいつらを助ける? 大した見返りもないだろう?」
「ただの同情だ。それ以上でも以下でもない」
そう言いながら一歩、また一歩とソラは彼らに近づいて行く。山賊たちは十人以上いるにもかかわらず、そんなソラに恐怖を抱いていた。ソラの見せたスキルは彼らにその感情を植え付けるには十分なものだった。また、コートによって顔を認識できないことが不気味さを醸し出していた。
そんなソラを見た山賊は一つ舌打ちをすると、踵を返した。
「引くぞ。一旦退散だ」
そう言って後ろへと駆けだそうとした彼らだったが、一歩を踏み出そうとした瞬間、蹴ろうとした地面が無くなったような感覚に襲われ、その体を地面に打ち付けた。
「「「「「「「「「「――っ!」」」」」」」」」」
消えたのが地面ではなく自分の両足だと気が付いた彼らは一斉に苦悶の表情を浮かべた。ソラは先程まで山賊を代表して口を開いていた人間へと近づく。
「く、来るなっ!」
そういって右の拳をソラに向かって振り上げたがいとも簡単に躱され、手首を掴まれる。その山賊がさらなる恐怖の表情を浮かべている間に、ソラはスキルを使って他の仲間の場所を読み取る。山賊がソラに掴まれた腕を引き離そうとした次の瞬間、その場に存在していた盗賊が、地面にしみこんでいた赤い液体が、子を庇った母親に飛び散った血が消滅した。その様子だけを見て先程まで山賊に襲われていたと察するのは不可能だ。
ルークはその様子を少し離れた所から唖然とした表情で、ティアは少し悲しげな表情でそれを見守っていた。
「ルーク」
ソラと山賊とのやり取りを唖然としながら眺めていたルークだったが、名前を呼ばれてハッとする。と、同時に安心感を抱いた。自分の名前を呼ぶ声が山賊と会話している時と違って、いつも通りのそれだったから。
「え? あ、はい!」
「俺が戻るまでの間この集落の護衛頼める?」
「わ、分かりました」
ルークのその返事を聞くと、ソラの姿はその場所から消えた。
☆
「――っ! 誰だ!」
突然自分たちの縄張りに現れた得体のしれない人間に山賊は声を張り上げる。だが、ソラの視線はそちらではなく、鎖で両手を繋がれた全裸で全身傷だらけの少女達へと向けられていた。彼女たちの瞳は既に光を失っており、明らかに目の焦点が合っていなかった。
ソラがそれを確認している間に、背後から数人が武器を手に襲い掛かる。だが、次の瞬間には彼らの体は跡形もなく消滅していた。ソラはわざと残したその場のリーダー格らしき男に問いかける。
「お前らのボスは今どこにいる?」
「そんなことお前に言う訳が――」
「そうか」
それだけ言うとソラは歩みを進めた。それを見た山賊は後ろへと飛びつつ手元に魔法を放つ準備をしようと試みる。だが目の前にいたソラの姿は消え、突然背後から伸びてきた手が肩に置かれる。
「一体何を――!」
そう言いながら体を反転させながら刃をソラに振るう。だが、それがソラに届く前にその山賊は消えた。
その様子を見て怯えている少女たちの元へとソラは近づき、手を差し伸べた。
「立てる?」
それは先程まで山賊と会話していたのと同じ人物とは思えないほど優しい口調だった。だが、その変化が彼女たちにより一層の不信感を与える。少女たちはそのやせ細った体を互いに寄せ、その身を震わせた。その様子を見たソラは差し伸べた手を戻す。
「悪いけど少し待っててくれる? それが終わったら集落までは俺が責任もって帰してあげるから」
その言葉を言い終わると同時にソラの姿はその場から消える。彼女たちが自分たちを繋いでいた鎖が消えているのに気が付いたのはその後だった。それから数分も立たないうちにソラは再びその場所に戻ってきた。その後手元のマジックバッグから山賊の拠点から回収した簡易な毛布を彼女たちに掛けると、口を開いた。
「じゃあ集落まで移動するから目を――」
「待ってください」
ソラの声を遮って一人の少女が力を振り絞ってか細い声を発する。
「私を……殺してくれませんか?」
「……何で?」
「こんな姿をお母さんたちに見せたくないんです。それに……きっとこれから先……ここでの生活を忘れることなんてできないから……」
黒髪の間から覗く、潤んだ碧いの瞳は何かを訴えかけるようにソラを見つめていた。それにソラが返答するまでには少しの間があった。
「分かった」
「ありがとうございます……」
「でも一つ条件がある」
「条……件……? 一体何をすれば……?」
「それは――」
ソラから提示された条件を聞いた少女は一つ大きく頷くと、他の仲間と共にソラの指示通り目を瞑った。
☆
「ティアさん、師匠は一体どこに……」
「きっとまだ捕まっている方達を助けに行ったんだと思います」
そう言いながらティアは再会を喜ぶ、あるいはソラに期待して我が子や妻の帰還を待ち望んでいる集落の人間の方に目をやった。
「でもどこにいるかなんて――」
そこまで言ってルークは言い留まった。ソラやミラの実力が凄いと言う事実は既に知っていた。ただ今のルークに分かるのは現在の自分では絶対に敵わないという事だけである。そんな師に対して、出来るはずがないと決めつけるのは正しい判断ではない。ルークはそう考えたから、その点に関してはそれ以上詮索しなかった。
「師匠、何で山賊が手を上げるまで出て行かなかったんだと思いますか?」
「きっと、ご主人様は人を殺めることが絶対に正しいとは思っていないんです。例えそれが悪人だとしてもです。だから、ご主人様は線引きをしているんだと思います」
「線引き?」
「自分が容赦なく力を振るう条件と言った方が分かりやすいかもしれません」
「ティアさんは知っているんですか?」
「知りません。でも、大方の予想は付きます。きっと――」
それは本当にただの妄想だった。だが、ソラが決めた条件を的確に当てていた。ソラは今まで何のために戦っていたか。どうなる結末を嫌っていたか。そして、どうしてソラが変わってしまったのか。それを知っているティアにとって、それを的中させることはさほど難しい事ではなかった。
「守りたいモノを奪われそうになった時だと思います」
ティアがそこまで言い終わると共に、何の予兆もなくソラが現れた。その周りには毛布を一枚はおっているだけの少女や女性たちが目を閉じたまま佇んでいた。やがて周囲の変化に気が付いた彼女たちはその瞳を開き、驚く間もなく涙を浮かべる。そんな彼女たちに、帰還を待ち望んでいた人々は一斉に駆け寄った。
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