第20話 天才魔法使い、準備を完了させる

 エリンの作業が終わり、弟子たちが武器を使いこなせるようになった頃、とある問題が発生した。



「リク、連れて行って欲しい場所がある」



 いつになく真剣な表情をした魔王様にそんなことを言われ、嫌な予感を感じながら僕はメノード島の西、つまりゼハルがいる島側の港へとエリンに頼んで転移魔法で移動した。自分たちも行きたいといつものメンバーとリリィも来ている。

 そのまま海の方へと向かい、視線を向けて僕らは唖然とした。



「お兄ちゃん、これって……」


「リク様が戦ってた時にゼハルが言ってた……」



 海の方に目を向けるとゆっくりと、しかし確実に闇霧が迫ってきているのを目視することが出来た。普通にまずい。というかここに来て初めてゼハルが動かなかった理由が何となく察せた。



「そうじゃな。まあこんなことが出来るのなら例え主様の様な危険分子が存在していたとしても近づく必要は無い訳じゃ」


「そうだね。多分だけど、僕らが闇霧に対抗する手段がないことを察して動かなかったんだと思うよ」



 そうでなければ阻止しに来るはずだ。死に掛けたことが幸いするとは……何とも言えない気分である。



「それでリク、勝てそうなのか?」


「大丈夫だと思いますよ」


「……お兄ちゃん、意味分かって言ってる? もう少し緊張感持った方がいいんじゃない?」



 ルカに呆れ顔でそんなことを言われては何というか……納得いかない。



「何でお兄ちゃんそんな不満そうな顔してるの? 私可笑しなこと言ってないよね?」


「相手がルカだから仕方ない」


「ちょっとアイラ、それどういう意味よ⁉」



 まあ、否定はしないでおこう。



「りく、ほんとうにだいじょうぶなの?」



 そう言いながらリリィは肩に乗った精霊と共に首を傾げた。

 いや、正直なところ分からないけども。と、思いつつも頷いておく。そんな僕の反応を見ても心配そうな顔をしているリリィを励ますように援護が来る。



「私が付いているので大丈夫ですよ。それに――」


「妾もおるのじゃぞ? そこの羽虫はともかく、妾がおるのじゃから安心してくれてよいぞ」



 その根拠のない自信はどこから出てきたのだろう。……今になって思うが、シエラがルカに毒されている気がする。トランプを一緒にやり始めたあたりからどことなくルカの面影が――。



「なんじゃと⁉ 主様よ、どうすれば治るのかや?」



 そんなこと言われても分からないとしか言いようがない。エリンの真似でもしていれば少しは大人っぽく振舞えるようになるんじゃないかな?(適当)



「……シエラさんとお兄ちゃん、私のこと馬鹿にしてない?」


「気のせいじゃよ。のう、主様」



 シエラの言葉を出来るだけ自然に肯定しておく。ルカはこういう事に関しては妙に鋭い。もう少し頭の切れが良ければいい国王にでもなれそうなものだけど……まあルカじゃ無理か。兄が優秀なわけだし。



「リクたちはやけに落ち着いているな。魔族の長としては気が気でないのだが……」


「リク様のお陰で度胸が身に付いた」


「お陰でって言うよりはお兄ちゃんのせいでって言った方が正しい気がするけどね」



 アイラとルカの言葉に魔王様は頼もしいなと言いながら苦笑いを浮かべている。信頼してくれているのだとは思うけれど、素直に喜べないのは何故だろう。

 魔王様はその後真面目な顔に戻ってこちらへと視線を向けてきた。



「遂に明日なのだな」


「そうですね。エリンの方の準備も終わったみたいですし、あまり時間を掛け過ぎても問題が大きくなるだけですし」



 エリンの準備と言うのは闇霧への耐性を付けたエリン特製の装備の事だ。僕がもしゼハルに負けるようなことがあれば、エリンを召喚できるような人間が今ここにはいないらしい。らしいと言うのはエリンの話だからだ。僕にはそこら辺の事は分からない。転移魔法を僕のように使うのは無理だとしても、召喚するぐらいなら出来る気がしたが僕は何も言わなかった。要は僕、シエラ、エリンがいなくなった状態で皆が戦えるようにという事だ。

 一応、エリンの気遣いで島全体とまでは行かなくとも、魔王様の城周辺は闇霧の効果が及ばないような魔法陣が張ってある。だから食料などのややこしい事情はさておき、ゼハルにさえ見つからなければ生きながらえることは可能だ。

 ちなみに僕が魔王様に言った問題と言うのは、そのややこしい事情の事だ。既に食料は底を尽きかけているとのこと。寧ろあれだけの数の人間がこっちの島にやってきてこれだけ持ったことが奇跡である。その裏にはドラゴンたちによる巨大魚の乱獲と、リリィが転移魔法で新鮮な状態で城まで移動させると言う努力があったりする。最も。リリィ本人はただ魔法の練習をしているだけで、そんな重大なことをしていると言う自覚は無いのだが。



「リク様、今日の料理は期待して欲しい」



 珍しく気合の入った表情をしたアイラを前に何も言えなかった。内心、そんな余裕があるなら皆に回して欲しいと思わなくもなかったが、これは口に出すべきではないのだろう。魔王様の表情を見る限り容認しているようだし、こういう時ぐらい厚意は素直に受け取っても罰は当たらないだろう。



「それは妾も期待してよいという事かや⁉」


「……いい」


「ちょっと待てアイラ、その間はなんじゃ?」



 いや、こんな状態でシエラの満足する量の食事なんて出せない。……はずなのだが――。



「あぁ、期待していてくれ。待っている俺たちに出来るのはそのぐらいだからな」


「えっと……魔王様? あまり無理はしなくても――」


「良いんだ。それに、リクたちがゼハルを倒して人々が住める大陸が出来ればその問題も解決する。何の問題もないだろう?」


「ふむ、妾達に任せるがよい」



 あぁ、これは負けられなくなったな。そんなことを考えていると、エリンがアイラの方へと視線を送っているのが目に入った。それに気が付いたアイラはエリンの期待に応えるように口を開く。



「エリンの分もちゃんと作るから頑張って欲しい」


「い、いえ、私は別にそんなものは無くても……」


「なんじゃ羽虫よ、遠慮しておるのか?」


「そうではないですけど……。ただ、あなたと一緒になりたくないだけです」


「それはどういう……待て、なぜ他の者まで頷いておるのじゃ?」



 エリンの気持ちが何となくわかるという事なのだろう。確かに食べ物で釣られていると思われるのはあまりいい気分はしない。



「ル、ルカまで……」


「……シエラさん? なんで私だけ名指しなの?」



 ルカの言葉に答えるとしたら、シエラにとってルカが自分と同類だと感じているから。言い訳のしようがないぐらいにルカに毒されている気がする。



「ハッ、しまったのじゃ……」


「ちょっと待って、なにその反応? お兄ちゃん、どういうこと?」



 なぜか僕の方へ飛んできた流れ弾を適当に躱しながら僕らは城へと戻り、豪華な食事を堪能した。

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