翻弄

休日はたまに大型書店へ行く。

この書店は珍しい本がたくさん置いてあるので、一日中いても飽きないくらいだ。

それにカフェも併設されていて、どうぞ長居をしてくださいと言っているようなものだ。

図書館のようなそれよりももう少し賑やかなこの空間が、有希は好きだった。


今日もふらふら当てもなく本を物色する。

気になる本があって手を伸ばすと、微妙に取れない高さだった。


「取ってやろうか?」


背後から声を掛けられ、振り向くと和泉が立っている。


ああ、前にもこんなようなことが会社であったなぁと思い出す。

私服の和泉は、職場で見る和泉とはまた違ったかっこよさだった。

ぼんやり見とれていると「どうした?」と声を掛けられ、はっとする。


「大丈夫です。ありがとうございます。こんなところで和泉課長に出会うとは思ってなくて、ちょっとびっくりしました。」


「ここは珍しい本が置いてあるからな。」


「よく来るんですか?」


「ああ。」


まさか休日に出会えるとは思わず、有希は嬉しさで浮き足立ってしまう。

しかも、和泉も有希と同じ理由でこの本屋に通っているらしい。

二人はしばし、本の話題で盛り上がった。


「岡崎はこの後予定は?」


「特にないです。」


「では一緒にカフェにいかないか?」


突然の誘いに有希は二つ返事で頷く。

和泉課長とカフェ。

まるでデートみたい。

嬉しくて自然と笑顔になってしまう。


セルフサービスなのでレジで注文して、好きな席へ運ぶ。

有希の分を和泉が払ってくれたので、飲み物は有希が運んだ。


「すみません、私の分まで払っていただいて。」


お礼を言うと、和泉はふっと微笑む。

それがなんとも優しくて、有希は嬉しくて頬をピンクに染めた。


「仕事はどうだ?急に異動させてすまなかったな。」


「いえ、大丈夫です。」


そういえば、有希を指名したのは和泉だという総務課長の言葉を思い出す。

聞いてもいいのだろうか?


「あの、和泉課長が私を指名したと聞いたのですが。」


勇気を出して聞いたら、「ああ」といとも簡単に返事が返ってきた。


「なぜ私を?」


コーヒーを飲んでいた和泉の手が止まる。

そっとコーヒーカップを置くと、有希をじっと見据えて言った。


「お前が好きだから手元に置きたいと思った。せっかく課長になったんだから、今こそ権限を使うべきだろう?」


さらりと言う和泉に、有希は一気に体温が上がった。


待って待って待って!

今好きだって言わなかった?

ど、どういうこと?


「…それは部下として、ですよね?」


恐る恐る聞いたのに、すぐさま否定される。

有希は鼓動が抑えられず、真っ赤になった頬を両手で覆った。


何だろうこれは。

こ、告白?

ど、どういうことなのー?


突然の出来事に頭の処理が追い付かない。

当の和泉は何でもなかったかのようにコーヒーを飲んでいる。


「あ、あの、和泉課長…。」


かろうじて絞り出した言葉に被せて、


「ところで、役職で呼ぶのは社内だけにしてもらえないだろうか?」


「へっ?」


すっとんきょうな声が出てしまう。


「課長と呼ぶのは会社にいるときだけにしてくれ。外では恥ずかしい。」


いやいや、恥ずかしがるのそこじゃないですよね?

い、和泉課長~!


有希はもう何が何だかわからず、とにかく火照った顔をどうにかしたかった。

したかったのに。


「有希?」


和泉に名前で呼ばれて、有希は撃沈した。

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