彼女のスタンス

「え? どっち? どっちかな……?」


それは、イチコがスラックスで学校に通っていることで、すれ違いざまに何度も耳にした言葉だそうです。


『女子? 男子? どっち?』


ということなのでしょう。


しかし彼女は、そういう言葉を平然と受け流してきました。


それを受け流せない人に、スラックス着用は難しいのかもしれません。


対してイチコは、トイレに入るのも、何一つ臆することなく堂々と入ったそうです。


当然ですね。イチコは間違いなく女性なのですから。


しかも、トランスジェンダーでもない、あくまで<精神的にも女性である女性>ですし。


だから、スラックスを着用していても<女性っぽさ>は完全には消えないのでしょう。


とは言え、女子がよく行う、


『連れ合って女子トイレに行く』


というようなことはあまりしなかったですが。ファッションにもアイドルにも興味がなく、『抹茶が好き』というだけの理由で茶道部に入り、けれど茶道を究めるとかいうのでもなく、気軽に<お茶>を楽しむというのが彼女のスタンスでした。


ですが、考えてみれば今の時代なら社会人女性がスラックスを着用しているのはもはや<普通>ですし、その流れで制服もスラックスを選ぶ女子がいても不思議ではないのかもしれません。


学校側も、そういう社会的な流れを受けて、女子のスラックス着用を認めるようになったそうです。


とは言え、実際にスラックスを選択するには勇気が必要なのも事実なのでしょうが。


そんな中でイチコにとってスラックスを選ぶことの方が<当然>であり、彼女は中学の制服を購入する際に何一つ躊躇うことなく自らスラックスを選択したそうでした。


誰に何と思われようとも、恥ずかしいことをしてるわけでも規則に触れることをしてるわけではないと堂々とすることができたのです。


イチコにとっては、お義父さんの存在が、山仁やまひとさんの存在が、確固たる芯として根付いているのでしょうね。


赤の他人に何と思われても、彼女のことを認めてくれる山仁さんがいれば怖くないそうです。


そして今、カナも……


満面の笑みで受け取ったスラックスを持って更衣室に入り、すぐさまスカートからスラックスに履き替えます。


「どう、かな?」


カナはそう私達に問い掛けますが、元々、上着はブレザーを選択していたことで、何の違和感もありませんでした。


むしろ『似合いすぎている』と、以前からずっとそうしてきたかのように、とても自然な姿でした。


「うん! 似合ってるよ!」


「すごい! カッコいい!」


イチコとフミが声を上げます。


だから私も、


「お似合いですよ、カナ」


と、本心から言わせていただいたのです。


するとカナは、


「えへへ♡」


と頬を染めながら嬉しそうに頭を掻いたのでした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る