スラックス

「カナ、今年はお父さんからもプレゼントがあるって。明日学校でってことになるけど」


不意にイチコにそう言われて、カナは、


「え…!?」


と、驚いたようにお義父さんを見ました。


「あ、あの……私、そんな…!」


ひどく恐縮したように、本来なら女性としては決して小さくない体を小さく縮こまらせます。


無理もありません。なにしろ彼女は今、ただでさえ<居候>の身である上に、彼女のお父さんの銀行口座から自動で引き落とされている学費を除いたほぼすべての費用を、お義父さんに負担していただいているのですから。


もっとも、その学費さえ、現在では貸与型の奨学金によって賄われています。しかも、現状では、その返済は、将来、カナ自身が行うことになるでしょう。


元より貸与型の奨学金というものは、それを受けた生徒や学生本人が将来返済するという体裁で貸与されるものではありますが、実質的には保護責任者が返済していく形も多いようですね。


ですが今のご両親の状態を考えればそれも難しいでしょう。実際にカナが返していくことになる可能性が高いと思われます。


それはカナ自身も納得していることなので私が何かを申し上げるべきではないと思いますが。


お義父さんが口を開きます。


「カナちゃん……


私は自分の意思で君を預からせてもらってるんだ。カナちゃんを助けたいって思ってるイチコのためにね。


私は別に仕方なくこうしてるんじゃない。プレゼントについてもそうだ。君が真っ直ぐに自分の境遇に立ち向かおうとしてるから、私自身の気持ちとして応援したいだけだよ。何も遠慮はいらない。私は無理をしてないからね」


落ち着いてゆっくりと話すそれが本心であることは、これまでずっとお義父さんのことを見てきた私も感じます。そう思える方だからこそ、カナの居候を認めることができるのでしょう。


そんなお義父さんに、カナは、


「ありがとうございます……ホントにありがとうございます……」


と、テーブルに着くくらいに頭を下げて何度もお礼をしたのです。




翌日、学校での昼休憩の時間、カナは毎週金曜日に出る<制服の売店>で、新しい制服を受け取りました。


それは、女子用の<スラックス>でした。


「やったあ! これでスカートから解放される……!」


手にしたスラックスが入った袋を握り締め、カナはしみじみと言いました。


カナは長年、自分が女性だからこそお兄さんから性的な悪戯をされてきたのだと感じ、自身が女性であることに強い嫌悪感を抱いていたのです。


それは決して、トランスジェンダー等ではないでしょう。ただただ『自身が女性である』という現実が苦痛なだけで。


にも拘わらず彼女の両親はその事実を受け止めようとせずに、スラックスの着用を認めてきませんでした。それがようやく、認められることになったのです。


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