狭隘な価値観
「…はい…? え? イチコさんと波多野さんと
私の言葉に、山下さんの戸惑いはピークに達したようでした。私の発した言葉と、山下さんが持っている私の印象とが結び付かずに混乱してるのかもしれません。
ですが、私はなおも続けます。私という人間の、今現在見えている表の部分だけでなく、醜悪でおぞましい裏の部分についても知っていただいてこそ、本当の信頼関係が築けると考えて。
「はい、そうです。当時の私は、そんなことを考えていたんです……
あの頃の私は視野の狭い人間でした。物事を一面からしか見ないで狭隘な価値観に囚われて、それに合わないものを無価値なものと切り捨てていたんです。あの頃の私には、イチコのことどころか、自分自身のことさえ見えていませんでした……」
もしこれで山下さんが私のことを軽蔑することになっても仕方ないと覚悟をもって、すべてをさらけ出します。
「そんな風に、何も分かっていないのに思い上がっていた私は、何人もの人を傷付けてしまいました。その時に傷付けてしまった人がカッターナイフを持ち出したことについては以前にもお話したとおりです。私は人間として恥ずべきことをしてしまったのです。
こんな私が他人を裁いたり罰したりする資格がないというのもお話しさせていただいたとおりです。ですがイチコは、そんな私を受け止めてくれます。だから私は、イチコから与えてもらったものをお返しする為に自分の力を使うのです。
千早のことや玲那さんのことやカナのお兄さんのことも、私にとっては贖罪なのです。
もちろん、金銭的なことを含めてリターンはいただきます。しかし見て見ぬふりはしません。私自身もリスクを負います。力を持つ者として」
千早やヒロ坊くんが沙奈子さんと一緒に料理を作っている傍らで、私は、今の私のすべてを山下さんに提示しました。
そこに、玲那さんからメッセージが届きます。
『星谷さんみたいな立派な人でもそういう失敗をするんだから、私の両親が失敗するなんて別に特別なことじゃない気もしてくるよ。
私、昔はすごく両親のことを恨んでた。今でももちろん恨んでる部分もある。でも今はもう、刺したりしなきゃいけないほどじゃない。
もうちょっと早く、私が勇気を出して昔のことを話せてたらってやっぱり思うかな』
ああ…なんという気高い魂の持ち主でしょう。
だから私は応えたのです。
「いえ、玲那さんに比べれば私なんてまだまだだと感じます。少なくとも私は家庭環境としては恵まれていました。それなのに恥ずかしい限りです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます