大きな器
子供のように泣きじゃくるカナを、イチコのお父さんは敢えて何も言わずに黙って見ていました。
それはおそらく、カナにとってイチコのお父さんは居候先の家主さんであり、彼の言うことは絶対ということになってしまうからでしょう。
『泣くな』と言われれば泣くことすら許されない程に。
なにしろカナの両親は、ここでの生活に必要な費用の一切を負担していないのですから。学費以外の全てを依存しているのですから、その負い目は想像以上のものであるかもしれません。
だからこそ敢えて口出しせず、ただ安心して泣ける場所を提供したいのだと思われます。
その懐の深さ、器の大きさには私は感服するほかありません。
それは、この場にいる私以外の人達も同じなのでしょう。娘であるイチコはもちろん、フミも、山下さんも、さらにはビデオ通話で参加し、モニター越しに悲痛な表情でカナを見ている絵里奈さんと玲那さんも。
また、その時、
「カナちゃん、大丈夫…?」
と不意に声が掛けられました。
ハッと思って私が視線を向けると、そこにはヒロ坊くんの姿が。
いえ、ヒロ坊くんだけではありません。彼の後ろで、同じように心配げな顔で覗きこんでいる千早と沙奈子さんの姿もありました。
そしてヒロ坊くんはすっと部屋に入ってきて、泣きじゃくるカナをそっと抱き締め、言ったのです。
「よしよし…大丈夫だよ。みんないるよ…」
自分より、年齢的にも身体的にもずっと大きな女の子を、まるで小さな子をあやすみたいに抱き締めて、彼はカナの頭を優しく撫でました。
それは、この時以前にも見た光景でした。実は、千早の誕生日パーティの時にも同じようにしてカナは泣いてしまったのです。その時にも彼は敵をそっと抱き締め、「よしよし」と頭を撫でてくれたのです。
彼やイチコのお父さんが、二人に対してするように……
彼が私以外の女性を抱き締めているのに、私は、不思議と嫉妬のようなものは感じませんでした。それよりもむしろ、誇らしい気分でさえあった気がします。
だって、私が愛している人は、体こそ小さいけれどこんなにも大きな器を持った人物だという何よりの証拠なのですから。
とてもとてもあたたかくて、途方もない深みを秘めた魂を持った方だという証左なのですから。
そんな彼だからこそ、千早と沙奈子さんの間を取り持ち、二人をととても良い友人にしてしまえたのでしょう。
ただ、それ故に、そんな彼でさえ逃げ出さずにはいられなかった当時の千早の<闇>の深さも察せられてしまうのですが……
それでも今、彼に抱き締められたことで、カナは、
「…ありがと…ヒロ坊。ヒロ坊は優しいな……うちのバカ兄貴に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいよ……」
と、涙を拭いながら応えることができたのでしょう。
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