社会的制裁

お兄さんが起こした事件をきっかけにカナの身に降りかかったこと。


それこそが、山下さん達が案じたことでした。


カナのお兄さんはまだ未成年でしたので報道では実名は出されませんでしたが、ネット上には当たり前のようにあらゆる個人情報が晒されました。それこそ、同じ学校の、それも同級生くらいでないとおよそ知りえないような細かい情報までが詳細に。


しかも、お兄さんだけでなく、カナが通う学校や、ご両親の勤め先の情報までもが晒されていたのです。


それによって何が起こったのかは、今さら語るまでもないかもしれません。自宅への嫌がらせの電話・手紙はもちろん、塀への落書き、投石、敷地内へのゴミや汚物の投入、学校や勤め先にまで嫌がらせの電話が殺到したそうです。


それに加えて、晒された情報の中には不正確なものも多く、それを鵜呑みにした者達による、まったく無関係な方への嫌がらせまでもが発生しました。


かつて私は、その種の<社会的制裁>も加害者への罰として当然含まれるものだと考えていましたが、その実態を目の当たりにしたことで、それは<社会的制裁>などではなく、ただの<私刑リンチ>に過ぎないことを思い知らされました。自分がどれほど恐ろしいことを考えていたのかを改めて知ったのです。


そして、それらの嫌がらせはカナのご両親を追い詰め、互いにこのような事態に至った責任を擦り付け合うようになり、関係が破綻。家庭は崩壊しました。現在、ご両親は別居し、離婚に向けて調停に入ろうとしていると思われます。


また、カナにはもう一人お兄さんがいて、そちらには結婚の約束を交わした相手もいたそうですが、当然のようにそれも御破算。そのお兄さんはもはや実家とは連絡さえ取ろうとしないとのことでした。


これこそが<罪を犯す>ということなのかもしれませんが、しかし、事件を起こした当人を育ててきたご両親はともかく、カナや、もう一人のお兄さんがこのような目に遭わなければいけない道理が本当にあるのでしょうか?


今の私には分かりません。


そして、かつてそれも含めて当然のことだと考えていた自分自身が今では信じられなくなりました。


カナは今、自宅には戻れず、完全にヒロ坊くんの家で下宿住まい状態となっています。もっとも、その為の費用などは、カナのご両親は一切負担していませんが。


それを求めようにも、カナのお父さんは職を失って家に閉じこもるようになり、お母さんは現在の所在を家族にすら明かそうとはしない有様なのでした。


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