第2話‐16

16


 瞼が開くとジェフ・アーガーのホッとした様子の顔が見えていた。メシア・クライストは不思議と彼が助けてくれたことを認識して、無意識にことばをついた。


「ありがとう、助けてくれたんだろ」


 あの悪夢の中、身体をがんじがらめにされて柱にくくりつけられたような潜在意識で、彼は客観的に呪われた自分が見えていた気がした。そして開放された時、受け止めてくれようとしたジェフのことも、見ていたように思えた。


 夢だったのか、現実だったのかメシア自身にも判断はつかない。けれども、ジェフがこうして抱きかかえていることだけは紛れもなく、真実であり現実なのだ。


「手を逃せば助けられるのに、放っておく人間なんかいないよ。あんたが目の前で苦しんでる、だから僕は手を伸ばしただけの話だよ」


 と言いメシアを立たせた。


 デーモンに取り憑かれていたにしては、平然とした顔をしていた。


「身体的に問題はなさそうですが、今だけかもしれません。何かあったらすぐに言ってください」


 心配した様子で神父が彼に言いながら歩いてくる。


 一行もメシアの元へ歩み寄り、脅威が去った安堵感の表情をしている者もいた。


 するとそこに風が吹き、紅の巫女の袴がゆっくりと着地した。


「おかげで助かりました。現状、ソロモンの支援でデーモンと戦うのは不利でしたからね」


 素直に頭を下げる神父。


 これには彼女も驚いた様子で眼を丸くした。


「いいえ。これも私の仕事ですので」


 恐縮したように言うと、改めて背筋を伸ばした彼女は自己紹介をした。


「私はKESYAより光栄なる任務に任命されました、ポリオン・タリーと申します」


 と、メシアへ向き直る頭を深々と下げた。さながら神社にお参りする巫女そのものである。


「お会いできまして光栄に存じます。貴方さまを命の限り、お守りいたします」


 突然、頭を下げて自覚のない事柄を口走られたメシアは、呆然と、はぁ、と口にするしかなかった。


「挨拶はそこまでだ。あんたも気づいてると思うが、浸食は深刻なレベルにまで達してる」


 アサルトライフルを肩に担ぎ、少し乱暴に言葉を発したのはベアルド・ブルだ。彼はソロモンの人間としてどうしてもKESYAの人間を毛嫌いする習性を隠しきれないで居た。


 これに対応するように彼女もまた、無愛想に頷いた。


 神父が街の端、街を囲むステーションの壁面を、眼を細めて注視すると、粘液に覆われた内蔵の内側のような不気味な肉のツタが、壁に生えていた。


 デヴィルズチルドレンの浸食は予想以上に速いようですね。心中で1人呟いた神父は、次に視線を下ろしたのはジェフの顔だった。


「ここを離れましょう。工業区画へ行き方をご存じですか?」


 神父はステーションの円盤のもう一つ、工業区画への避難を提案した。が、状況は分からない。もしかするとこちらの区画よりも状況はひどい可能性もある。それでも動いていなければ、再び運命の救世主を危険にさらしてしまう可能性があり、賭けをするしかなかったのだ。


 ジェフは頷き、一行は彼の後を追った。


第2話-17へ続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る