第2話‐14

14


 天井を悠々と歩行するメシアの腕の一振りは、ホテルのロビーを完全に破壊した。その一振りで、見えない爆風が鋼鉄製のホテルの滑らかに湾曲した壁面内部から、爆発したようにへしゃげさせ、崩壊へと導いたのである。


 奮迅が周囲の視界を奪い去る中、ファン・ロッペンはじっくりと周囲にテレパシーを放射した。


「救世主様がこれでは、物語も終わりだねぇ」


 冗談めいた彼のテレパシーは、当然、超常的能力を持ち合わせた若者たちにのみ響いていた。


 彼は自らの周囲に不可視壁面を展開させ、爆風の瞬間も身を保護していた。


「その口の悪さならば、無事な様子だな」


 皮肉っぽくテレパシーが反響して返されてきた。ニノラの声色がファンの脳内に響く。


「ここで命絶えるようならば、運命を司る者として、物理空間へ移動した意味がないのですからね」


 ニタリと不気味な笑みをたたえた。


「生きているのであれば、全員、外へ出てここからの展開を楽しもうではないか」


 そういうと、爆風の中を瞬間的に移動した。まるで静止物が移動物へ瞬間的に変異したような動きである。


 ファンがホテルのロビーだった部分から外部へ向かって広がった大きな穴を抜け出ると、すでに街の大通りにはファン以外の超常的能力を保持した若者たちは、避難して並んでいた。


 と、そこへ咳き込みながらベアルドが駆けだしてきて、続いて埃が頭に積もった神父が軽く駆けだしてくる。


「全員、無事のようですね」


 丸眼鏡を外し、眼を細めてピントを合わせながら全員の無事を確認しつつ、眼鏡に着いた埃を袖口で拭き取った。それを再び顔へ戻すと、エリザベスが少しすがりつくように神父へ尋ねた。


「メシアは?」


 この問いに答えたのは、横で銃器がまだ使用可能かを確かめるベアルドだった。


「彼ならすでに戦いの渦中だ。これからデーモンを駆除して、彼を救い出す」


 そういうと、マガジンを再装填して、視線を街の空へ移動させた。


 一行が彼の視線に促されるように、自らの視点も中空へもっていくと、そこには2つの薄くぼんやりと暗がりに浮かぶ影があった。


 メシアともう1つは巫女の格好をした女性である。


 2人は街の上空に浮遊したまま静止して、直立しながら対峙しているのだ。


 先に口を開いたのは、メシアに取り憑いたデーモンである。


「女を見ると妙に興奮する。ずいぶんとご無沙汰だからな」


 そういうと股間を無造作に掴み、こねくりまわした。


 その刹那、彼女の脳裡にビジョンが明滅した。少年の悲鳴、残忍な殺害、そして人肉をむさぼる男の姿。


 吐き気のするビジョンに女性は眉間の皺を寄せ、嫌悪感を剥き出しに、メシアに取り憑いたデーモンを睨み付けた。


「ジェフリーって呼んでくれよ」


 落ちくぼんだメシアの眼がニタリと笑った。


「殺人、死者への性的暴行、遺体損壊、食人。それではデーモンに落ちても仕方ありませんし、この場で消えても文句はありませんね。むしろ、ここで消えなさい!」


 デーモンから送られてくる、人間界での蛮行を目の当たりにした彼女の視線は、怒りに沸騰していた、


 そして女性は人差し指と中指を顔の前で建てると、腕を一気に振り上げる。その際、巫女の白い袖が大きく広がった。


 するとメシアの周囲に光が複数現出するなり、それが人の形へと変化していく。まるで彼を人間たちが輪になって囲んでいるようであった。


 人の形が完全に形成あれると、彼女は懐から1枚の紙を抜き取り、宙へ投げ上げた。細長い紙は中空を幾度も旋回してまるで生き物のように彼女の前へ舞い戻ると、文字のような物が墨で描かれた面をメシアへ向けた。


「彼の肉体を離れ、真の姿を現しなさい!」


 鞭のように彼女は叫ぶ。


 するとメシアを取り囲んだ複数の人型の腕が樹木のように伸び、彼の四肢を掴んだ。と、次の瞬間に、糸の切れた人形の如くメシアの肉体は地上へと落下したではないか。


 捕まれて残されたのは、半透明の醜い人型の、獣のような顔をした、形容しがたい物体、ともつかない何かであった。


「こんなことで俺を捕まえたつもりか?」


 ガラガラという声の中に、辛うじてそう喋っていることを聴き取った彼女。


 逃げる、と思った時には、眼前の紙、札が発火して消滅してしまい、デーモンを縛る人型も光となって再び消失してしまった。

 

終わりなき神話 第2話ー15へ続く

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