お月さまの災難

作ってみました。ワンアイデアでだらだらしてるという評価。さて、みなさんはどう考えますか?


   お月さまの災難


 夏の大きな夕日が、しぶしぶ落ちていきました。いよいよ満月の出番です。一番星が見え始めるこの小さな町の小高い丘で、ぼくはサイダー瓶の王冠を栓抜きであけて、中身を飲もうとしました。

「ちょっと待って!」

 小さな、小さな声が、すぐ近くでささやきました。ぼくは手にサイダーの瓶を持ったまま、ふきげんに言いました。

「なんだよ、用があるなら早く言ってよ」

「待ってください! 私はお月さまです。私を引っぱり出してから、飲んでください!」

 小さな声は、瓶の中からするのでした。ぼくが瓶を横からのぞき込むと、なぜか瓶がぼうっと光っていました。しかもそのなかにビー玉ぐらいの大きさの、まんまるお月さまが浸っているのです。

「どうしたんだい、なんでお月さまがそんなところにいるの?!」

 びっくりぎょうてんして、ぼくが大声で聞くと、お月さまは、

「仕事まえに、うっかりサイダー工場をのぞき込んだら、そこの工場長につかまって、この瓶にぎゅうぎゅう詰め込まれてしまいました」

 と言うではありませんか。

 お月さまは、サイダーの泡で、すっかり顔がぐじょぐじょになっていました。

 ぼくは、瓶の口をひっくり返して、お月さまを出してやろうとしました。ところが、瓶の口は、そこだけ小さくなっていて、お月さまは出てくることができないのです。

「満月だから、ダメなんだよ」

 ぼくは、とうとう、言いました。

「新月になったら、身体が細くなって、出てこられると思うよ」

 お月さまは、しくしく泣いてしまいました。

「私の仕事ができません」

「それは、困ったね」

 ぼくは大弱りで、周りを見まわしました。丘の上には、草原が広がっているばかりです。

「それじゃあ、サイダー工場の工場長さんにお願いしよう」

 ぼくがいうと、お月さまはおびえて言いました。

「工場長さんは、怖い人ですよ。あなたもきっと、サイダー瓶の中にぎゅうぎゅう詰め込まれてしまいます」

「やってみなけりゃわからない」

 ぼくは、瓶を持って丘を下り、町外れの工場へと向いました。

 サイダー工場は、もう仕事が終っていました。「ここが工場長の家ですよ」お月さまの言葉を聞いて、すぐ隣の家をノックしました。ぼくが工場長に会いたい、と迎え出た奥さんにいうと、リビングの向こうから、ヒゲだらけの小太りのおじさんが出てきました。そしてサイダーの瓶とぼくをひとめ見るなり、がっはっは、と笑いだしました。

「空に月がないと困るな、たしかに、たしかに!」

 おじさんは、そう言うと、瓶をうけとり、それに向ってなにやらむにゃむにゃ、呪文をとなえました。すると、どういうわけかサイダーの口が大きく開きました。おじさんは、ぐいっと右手を突っ込んで、お月さまをつかみ取り、むんずと引っぱりだしてしまいました。

「これからは、あんまりオレの仕事場に来るんじゃないよ」

 おじさんはそう言うと、月はあわてて空に帰りました。おじさんは、ぼくに新しいサイダーをくれました。

「おじさん、その呪文を教えてください」

ぼくは、おじさんにお願いしました。

「長い修行が必要だぞ」

おじさんは、ニッと笑いました。

放課後になると、おじさんの家に行って呪文を勉強したぼくは、のちに立派な手品師になりました。そのときにはいつも、お月さまが空から消えてしまっていたのでした。

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