45,舞が鉄道員を目指した理由

 御城みしろまい、34歳。職業、日本総合鉄道の車掌、電車、電気機関車を操縦する乗務員。平たく言うと車掌と運転士。兼、イラストレーター『まるたんやんま』。収入比率はおおよそ1対2。学生時代の自分はイラストレーターで収入を得る想像はしておらず、大学を卒業して鉄道会社に就職した。


 読書好きで、主に恋愛小説や女性向け漫画を読み漁る私が鉄道業界を志望したのは、意外にも絵描きに起因していた。


 横浜市港北区に住む私は、中高大と鎌倉市内にある女子校に電車通学していた。


 平日は毎朝5時半起床、8時前には学校に着き、授業を受け、部活動は美術部。帰宅したら勉強や絵を描き、就寝は深夜。


 電車に乗る意外は、ほとんど座ったままの日常を送る私は、いつしか猫背気味になっていた。


 前のめり、ウェーブのかかった長い黒髪はごわごわ、虚ろな目で街を闊歩する姿は若き喪女そのもの。


 なんだかいつもぼんやりしてる。運動をしようと思って散歩をしてみても、スイーツショップに立ち寄ってしまう。運動後のケーキとアイスティーは格別。


 それでも太らず普通体型を維持しているのは、体質や糖の消費量が多いからだと思う。


 そんな不健康な生活を続けていた私は高3のある日寝坊して、いつも乗る電車に間に合わなかった。横浜駅で横浜線を降りて東海道線ホームへ移るとちょうど電車が停車したところで、普段は階段から少し離れた13号車か14号車に乗車するが、乗り遅れを懸念して眼前にある最後部の扉から乗り込んだ。階段から近い乗車位置で混雑していたけれど、仕方ない。

 

 息を切らしながら、閉まった扉に手を着ける。走行中に開扉したら危険なのは当時鉄道に興味のなかった私でも理解していたけれど、吊り手は空いておらず、手放しで転倒しない自信もなかった。


 保土ケ谷ほどがやの急カーブを抜けて坂を駆け上がり、道路や住宅地、草むらや小川を見下ろし約10分走り続けて次の戸塚駅に着くと、すぐ左の乗務員室から私より少し小柄な女性車掌が降りてきた。彼女は時計を見ながら駅の柱に取り付けられた発車メロディーのスイッチを押し、ワンコーラス鳴らして切った。


 車内に戻り、乗務員室の扉をガチャンと閉め、天井から吊り下げられたモニターを確認しながら客室のドアを閉める。


 かっこいい……。


 真っ直ぐな背筋、腕と指をピンと伸ばして安全を確認する。その凛とした一挙手一投足に、私は心を奪われた。


 そして、私が抱いていた社会人の姿を覆された。


 抱いていた社会人のイメージ。パソコンに向き合う、電話応対する、取引先や営業先でぺこぺこ頭を下げる。とにかく背を曲げる。


 そう思っていたのに、こんな仕事があるなんて。


 ほぼ毎日利用しているのに、乗務員という仕事が意識の中になかったかといえばそれは違う。私が見てきたほとんどの乗務員は動きがダラダラしていて、中には任侠モノに出てきそうなチンピラ紛いのおじさんが右手をだらりと下げて片手運転している姿も見ている。鉄道ファンでもない私が、そんな人たちに憧れる要素など何一つなかった。


 それはさておき、就職するならだらしなさそうな人もいるけれど、あのかっこいい車掌さんがいる日本総合鉄道が良いと思い、企業情報や募集要項などを調べて入社に至った。


 あんな人たちもいるのに入社試験のハードルが高いのは、正直なところ癪に障った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る