第69話 オルミナの利用価値

 魔鉱拳銃で扇子の一撃を受けとめたかに見えたエヴァの身体が浮き、そのまま一直線に資材の山に向かう。


「エヴァ!」


 資材が砕けるほど強く身を打ち付け崩れ落ちたエヴァはリュオネの呼びかけにも答えない。


「力を失った私でもこれくらいはできるのです」


 威圧で動けないカレンの抱く卵に蛇のように手が伸ばされる。

 戻されたサロメの手には卵を割ることなく取り出された神種が握られていた。

 ここに至るまで力を隠していたか。扇子を広げてコロコロと笑っている蛇神のいやらしさに戦慄する。


「皆! サロメを叩くぞ!」


 場にいる全員が各々の武器を構える。

 後手に回ってしまったけど、まだサロメは生身だ。僕達の攻撃で倒す事ができる。

 けれど、サロメは皆の武器など眼中に内容にゆっくりと扇子を動かし、一点を指し示した。


 そこには、ビーコの腕に捕らわれるも必死でもがくオルミナさんの姿があった。


「まって、攻撃しないで! ビーコは操られているの!」


 よく見ればビーコは抗うようにに身体を震わせて弱々しく鳴いている。

 必死に抵抗しているのだろう。


 けれどその腕はがっしりとオルミナさんを抱えたままだ。

 サロメはゆっくりとオルミナさん達の方に向かっていく。


 サロメが求め、今手にあるのは神種。

 そして人質にとったのは目の前のカレンではなくイルヤの民であるオルミナさん。

 ならばこれからなされる事はわかりきっている。

 彼女を使徒にする事だ。

 サロメは初めから裏切るつもりで僕達に近づき、ザハークを倒す事に協力した。

 おそらくはザハークに奪われた力を取り戻すためだろう。

 その上で、オルミナさんに目を付け、使徒にする機会をうかがっていたのだ。


「ザート、やめるのじゃ!」


 シャスカの叫びで、自分が盾剣の先をオルミナさんに向けているのがわかった。

 新たな使徒が生まれればサロメはふたたび不死になってしまう。

 それを防ぐ一番確実な方法はオルミナさんを殺す事だ。


 サロメがゆっくりとオルミナさんに近づいていく。

 このままサロメの思い通りにさせてはいけない。

 だけど——


「聡いあなたならわかりますでしょう? 貴方達には助ける事も殺す事もできない」


 見透かしたようなサロメの物言いに歯を食いしばる。

 今はわざとゆっくり歩いているけど、僕が攻撃したり駆け寄ったりすれば邪魔に入るのは操られたビーコだ。ビーコが防いでいる間にサロメは目的を遂げてしまうだろう。

 けれど、剣尖を下ろす事はできない。

 オルミナさんを殺す以外のサロメの不死化を止める方法はなんだ? どうすればこの状況を打開できる?


 この後、オルミナさんを使徒にしたサロメは何らかの方法で虹虫竜から魔獣、そして竜種を生み出すだろう。

 力を取り戻したサロメは今ビーコの身体を支配しているように竜を従えられるはずだ。

 満身創痍の僕達では新しい竜の軍勢と戦えない。

 勝ち筋が、見えてこない。

 絶望が場を支配していく。


「ザート君ごめん、ごめんね……」


 サロメの悠々とした足音だけが鳴る場に、弱々しく涙を流すオルミナさんの声が響いた。

 僕は盾剣の切っ先を上に向けていた。

 グランベイからずっと仲間だったオルミナさんを殺す事なんて……できるか。


「泣くことはありませんわ。これからはあなたが私の使徒として竜を従えるのです。今度こそ、この世から血殻を奪い去ってみせますわ」


 サロメの言葉に顔を上げる。

 奪い去る? サロメの目的はアルバ神と一緒に神界に戻ることじゃなかったのか?

 ティランジュでも感じた違和感、そしてザハークのサロメは狂っているという言葉。

 サロメの行動には整合性がない。何か他の要因があるはず。


「うっ……ぐっ……」


 何とか回避する術を探していたけど、時間が来てしまった。

 オルミナさんが涙を流しながらおとがいを反らす。

 何も出来ない僕達の前で神種を挟んだサロメの細い指がオルミナさんの口を犯していく。


「あ、ぐぅ……あぁ!」


 サロメが腕を下ろす前に変化はすぐに現れた。

 ビーコの束縛を離れたオルミナさんの髪からはザハークと同じような一対の角が伸びる。

 同時に、ずり落ちた上着の下からは大きな鳥竜のような翼が、腰からは尻尾が伸びた。


「オルミナ……?」


 泣きそうな声でカレンが問いかけるも、オルミナさんは下を向き、膝が折れそうになりながら荒い息をして立っている。

 と、無言で腰のシースから素早くナイフを取り出した。


「やめろオルミナ!」


 ショーンの声の後、オルミナさんの首に迫ったナイフと僕が出した鉄板がぶつかる甲高い音が響く。


「あらあら、さっそく自死しようとするなんて油断ならない使徒ですわね。ふふ……まだ精神が馴染んでいませんが、それも時間の問題ですわ」


 ひらりと身を躍らせたサロメが港へと走り去る。

 ショーンがオルミナさんを抱き留めるのを横目に後を追う。

 けれど、追いついてどうする? 不死となったサロメに対抗する手段が考えつかず、追いかける足が鈍る。


「呆けるなザート、はやく追うのじゃ!」


 駆け付けたジョアン叔父に抱えられるシャスカの叱咤に我にかえり、再び足に力を込めた。


「でもどうやってサロメを止めるんだ? サロメは竜騎兵隊のワイバーンと合流するぞ!」


「俺達の経験上の話だが、最初の使徒を得ても、生身だった神が不死になるにはしばらく時間がかかる。奴を倒せる時間はまだ残ってるって事だ!」


 そういう事か。港へ向かったサロメが不死になりきれていないなら、まだ機会はある!


「リュオネはこっちに来てくれ!」


「うん!」


 サロメが魄を操作するつもりならリュオネの天津魔返矛マガエシの出番だ。


「他のみんなは竜騎兵隊の竜達をとめてくれ! おそらくビーコとおなじくサロメに操られる。竜騎兵や船から降りた非戦闘員が人質になる前に助けるんだ!」


 皆が応じる声を聞くと同時に眼前が開けた。

 海棲魔獣との戦いで破壊された港湾部は綺麗なすり鉢状になっている。

 そしてそこからもっとも離れた場所。

 船が接岸された埠頭の先、防波堤の突端にサロメがいた。




【後書き】

お読みいただきありがとうございます!

力を失っていた女神はザハークの死で竜を操る能力をとりもどしていました。

ここで新たな使徒を得れば、力は竜種並とはいえ、不死の肉体になれるという事です。


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