第67話 僭神ザハーク(5)
複数の魔法を相互干渉させ、一つの現象を生み出す魔法を集積魔法と言う。
万法詠唱とは別系統の万能の魔法だ。
それを物理的に固定し、安定して発現できるようにしたのが魔鉱銃にも使われている複層魔方陣になる。
ザハークが集積魔法の使い手だとは考えなかったけど、さすが、サロメから使徒に選ばれただけあるな。
「竜の鎧を脱いだからまた魔法が使えるようになったのか」
ザハークは片頬をつり上げるだけで答えない。
いずれにせよ、ここにきて使うからには、法陣すら打ち破る自身があるのだろう。
事実、ザハークの左手の先には冗談のような密度の魔力が蓄積され、その余波が周囲を侵食している。
だけど、集積魔法は万法詠唱と同じく時間がかかる。
その完成を待つ義務はない。
「ファイアラム・デクリア!」
十発の上級魔法を撃ち込む。
が、砂塵の中から現れたのは虹色に光る魔法障壁だった。
やはり単独で集積魔法を行使するのだから、備えもあって当然か。おそらく同レベルの物理障壁もはられているだろう。
組み上がりつつある魔法陣のむこうでザハークがこちらが動かないのを見て左手を魔法陣ごとアンギウムに向けた。
「アルバの神器がどんな魔法も収納するとはいえ、先ほどの大魔法で消耗した貴様にこれは防げまい」
「なるほど、避ける可能性がある僕よりアンギウムを人質にとる。理にかなったやり方だ」
もっとも、リヴァイアサンで体験済みだけどな。
動かない僕に不安を覚えたのか、ザハークが叫んだ。
「なぜだ。これから味方を滅ぼされようとしているのになぜ落ち着いている!」
そんな事は決まっている。お前を屠る手段を持っているからだ。
本体を確認した今だから使える手段を。
「それより最後にきいておきたい。バーバルについて何か知っているか?」
「……答えるはずがないだろう」
おかしな話だけど、かすかに怯むザハークに親近感を覚えた。
何千年と生き神を僭称する者でも心は人間のままでいられるらしい。
それより、今の反応は答えを知らない人間がするものだ。
ザハークはバーバル教と関わっても、直接バーバルと取引したわけではないのか?
そんな疑問を覚えつつ、すべきことをするために右手を持ち上げる。
「ならいい。このまま倒す」
盾剣を振り上げた僕に本能的に危機を覚えたのか、ザハークが魔法陣展開を早める。
だけどもう遅い。
僕はザハークの肩から腹にかけて、〝レナトゥスの刃〟をすべりこませた。
「な……!」
気の抜けたような振り下ろしにも関わらず障壁をすり抜けた事に驚いたザハークだったけど、無事とわかると怪訝な顔をして腹に刺さった法陣を見た。
と、その表情が驚愕の色に染まる。
「これは……神種!」
レナトゥスの刃を使い、ザハークの腹内に今まで収納してきたイルヤ神の神種をありったけ注ぎ込むと、ザハークは身体をふるわせ膝から崩れ落ちた。
「実験した結果、神種を複数取り込んで生き残る個体はほとんどいなかった。体内の魔素が飽和した竜種が骨化するように、神種が体内で飽和すれば身体がもたないんだろう。お前でさえ、血殻の肉体を得るために竜種を喰らった時、途中で神種を吐き出して食事をやめたのがその証左だ」
予測通り起きた現象にある種の満足を覚えながらザハークの横に立つ。
すべてはエヴァとメリッサの実験により裏付けられた事実だ。
こちらの指摘に愕然としたザハークだったが、もう言葉を話せる状態ではない。身体はもう腹部から崩壊をはじめていた。
神種の詰まった腹を中心に、草原に走る野火のようにザハークの身体から小さな翼や尻尾が生まれては消え、身体を塵へと変えていく。
「じゃあ、首をもらっていくぞ。サロメをアルバの軍門に降らせるのに必要だからな」
僕の説明を茫然と聞いていたザハークが突如瞳だけをこちらに向けてきた。
その縦に裂けた瞳には、真実を伝えようとする意志が見えた。
「あれは正気ではない。我が死ねば使徒はいなくなり、奴は生身になる。事が悪化する前にすぐに殺すんだな」
「サロメが狂っているのは前からだろう?」
今際のつぶやきに問い返すと、すでにザハークは口の端をひきあげたまま絶命していた。
刃を振り下ろし、首を落とした事で暴走の止まったザハークの身体を収納し、ザハークの首を手にもつ。
(狂っているのは前からなのに、なぜ正気ではない、なんて言ったんだ?)
疑問が脳裏をよぎったけど、今はアンギウムに目を向ける。
雲間からさす光の中、上空に避難しながら雷雲を作ってくれていたビーコ達が降りてくる。
地上からアンカーを打ちだして離脱したクローリスとバシルもアンギウムの皆と合流しているだろう。
後はサロメをシャスカに服属させればレコンキスタは終わる。
とにかく、みんなと合流することにしよう。
【後書き】
お読みいただきありがとうございます!
ザハークを打ち破ったのは魔法ではなく科学でした。
この章の序盤で散々猟奇的な実験を重ねていたエヴァとメリッサでしたが、ここにきて実を結んだ形です。
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