第45話 ドワーフたちの口げんか


「ところで、ビビはなんで付いてきたんだ?」


「エヴァさんから竜騎兵隊に差し入れを持っていけって言われたのよ、悪い?」


 下から鋭い目つきでビビがにらんでくる。怖い。

 こちらが返事に詰まっていると、藤編みのバスケットを抱えずんずん先に言ってしまった。


「なんで怒っているんだよ」


「んー、何でだろうねー」


「エヴァは相変わらず性格が悪い……」


 悪戯を見守る母のような笑みを浮かべるリュオネと頭に手を当てているジャンヌは理由がわかっているらしい。

 でも教えてくれる気配はない。何だって言うんだ?


「ところで団長、書類は読みましたが、ティランジアのレコンキスタは今後どのように進めるのですか?」


 ビビを追いかけていったリュオネの後ろ姿を見ているとジャンヌが真面目な顔をして訊いてきた。


「そうだな。あの虹から話そうか」


 

 僕が指さした北の空には虹がかかっている。

 チャトラが死んだあの日から観測しているけど、溶け込むほど薄くなっても空から消える事はない。


「あれがシャスカ様と同じ神という事が信じられません」


 ジャンヌが顔をしかめながら空を仰ぎながらつぶやいた。


「うん、僕もこれを回収して鑑定するまでは確信が持てなかった」


 そういって僕は人の頭が入るほどの法陣から一つの球をとりだす。

 宙に浮く、中にはなにもない透明の膜。

 僕はそれを収納すると同時に、文字が光っている小型の法陣をジャンヌの前に出した。


……

・虹虫竜のまゆ:イルヤの『魂の器』が変化したもの。竜種の魂を捕らえる。捕らえられた魂は虹虫竜としてイルヤ神に操られ、自らの魄として血殻を集める。しかしまゆのせいで魂と魄が重なる事はない。

……


 記された文章を読み、ジャンヌは眉間にしわを寄せた。


「魂魄が重ならないなら、際限なく血殻を集め続けるのではないですか?」


「その考えで合っている。虹の中にはワイバーンがすっぽり入るような球も浮かんでいた。もし割ったなら、中に小さなトカゲが入ったまゆが出てきただろう。イルヤは『魂の器』を血殻を運ぶ道具にしているんだ」


 ボリジオの体験になるけど、ある夜、飛行していると、近くの山肌がぼんやりと光ったらしい。

 気になったボリジオは凝血骨回収要員でもある随伴兵とともに、徒歩で山肌に近づいた。

 そこには竜の骨にむらがる色とりどりの球がいたそうだ。

 骨を食い尽くした球は夜空に浮かび上がり、空の星に紛れていったという。


「竜の墓場を見つけては地上に降り、虹虫竜に血殻を回収させていると……」


 今虹の端は海に入っている。確認はしていないけど、恐らく魚竜種などの墓場があるのだろう。

 そして、もう一方の端は北東の方角に伸びている。


「アルバ神との戦いに敗れたサロメは高く伸びる木のような姿に変わった。その根元は今でもティランジュにあるだろう」


「そこに血殻を溜め込んでいるなら、イルヤ神はいったい何をするつもりなんでしょう」


 魔法を使う源である凝血石が膨大にあるという事は、攻撃に終わりがないという事だ。

 軍人であればそれがどれだけ被害を生む戦いか容易に想像がつくだろう。


 それでもジャンヌの凜とした声の響きは揺らがない。

 彼女の気丈さに驚くとともに頼もしく思う。

 やっぱり彼女をブラディアから呼び寄せて正解だった。

 

 海側の工廠から十字街下のドームを抜けて反対側に出ると、そこには大量のガロニスが囲いの中で散歩をしたり寝そべったりしていた。

 そして壁の横にすえられたテーブルの前でデニスがビビと言い合いをしていた。なんでだよ。


「リュオネ、なにあれ?」


 少し離れた所で困った顔で笑っていたリュオネに訊く。


「えっと、デニスがね。差し入れのレカニス・オブムに”ドワーフの土”をかけようとしたんだよ」


 ああ、それはデニスが悪い。せっかく作ったのに勝手に味を変えられたら、作った側は良い気はしないだろう。

 

「デニス、せっかくの差し入れに岩塩をかけるなんて……」


「ザートは黙ってて!」


 味方になろうとしたらなぜかビビに怒られた。本当、なんで?

 そしてビビは再びデニスに向き直る。


「ドワーフの土なら私の家のを使いなさいよ! 自分の料理に余所の家の土をかけられるのは屈辱だわ!」


「お前の家の土は香草の匂いが強すぎる!」


「いい加減慣れなさいよ!」


 不毛な争いというか、よそでやって欲しい。


「デニス、ビビ。味付けについてはまた今度二人で話しあってよ。他に誰か竜騎兵隊員はいる?」


「カレンが北側で餌をやっとる」


 デニスの答えを聞くと、リュオネは素早くビビを連れて呼びに行ってしまった。

 相変わらず場の空気を変えるのが上手いな。

 とりあえず残ったジャンヌと席に着くか。


「デニス、お疲れ様」


「わしは悪くないぞ」


 鼻息で髭を揺らすデニスに思わず苦笑する。こんなに感情をあらわにするデニスは珍しい。

 でもお疲れといったのはそれが理由じゃない。


「カレンが来るなら今のうちに進捗をきいておきたい。ガロニスの竜種化はうまくいきそうか?」



    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます。

虹虫竜(こうちゅうりゅう)って既視感があると思ったら好中球(白血球の一種)ですね。『はたらく細胞』を読んでいたせいでこんなことに……

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