第05話【シリウス・ノヴァでの新しい生活(5)】


 正面十ジィの距離にいる蛇の玉が、まとめた薪のようにそろってこちらに顔を向けている。

 蛇の頭は十以上ある。二十か、それ以上だ。


「シルトの言っていたヒュドラっていうのはこいつか」


 浄眼を使って至近距離から魔弾を射出するも、顔の正面ではブレスで防がれ、側面は鱗で防がれる。

 魔法耐性はメドゥーサヘッド以上だろう。

 シルトはミンシェンを連れて逃げたというけれど、賢明な判断だ。

 シルト一人ならなんとかできたかも知れないけど——


「ヴェント・ディケム!」


 蛇とは思えない速さで移動してきたヒュドラに対し空に逃げ、風魔法の突風をかわしつつ背後を取る。

 ヒュドラは一本の胴に複数の頭、そして同数の尻尾をもつ魔獣だった。

 大量の尻尾が連続して跳躍し想定外の速さを生み出していたのか。

 まずこの足をつぶすか。


「レナトゥスの”銛”!」


 ヒュドラの真後ろをとり、相手の首が回るより速く肉薄し勢いのまま反しのついた槍を突き込む。

 槍ははじかれる事なく鱗の隙間からヒュドラの体幹を貫いた。

 後ろに逃げると同時に槍を手放し、離れた地点で鉄杭を地面に打ち込む。

 鉄杭の頭にある輪を通る、槍の石突きから伸びる鉄鎖を思い切り引っ張りヒュドラの動きを封じた。


「全然死ぬ気配がないな。さて、どうするか」


 鉄槍に貫かれてまだ動き回るヒュドラに感心しながら倒し方を考える。

 僕個人はヒュドラを倒す手段をいくつも持っている。


 けれど、それではだめだ。

 僕が不在の時にシリウス・ノヴァにこの魔獣が来るかも知れない。

 その時でも小隊以下の人数で対処できる手段を考える必要がある。

 それが未知の魔獣と最前線で戦う狩人であり、領主として領民の安全を確保する義務を持つ狩人伯としての僕の義務だ。


「理想は遠距離から倒す事だけど魔法耐性が問題だな……よし」


 方針を決めた僕はヒュドラを視界に捕らえるため空に駆け上がった。


「ロック・ウォール&フラッシュ・フラッド」


 ヒュドラを地面から引き出し岩の筒で囲み、大量の水の奔流で筒の中を満たす。

 ヒュドラは暴れながら風魔法を打ち出すも、水の壁に阻まれ勢いを殺され、出てくるのは泡ばかりだ。

 さらに水から湯気が立ち上っている。苦し紛れに作りだした火の玉の熱のせいだろう。

 水の動きが静かになったので鎖を緩めると動かないヒュドラが水面に浮かんできた。


「改善は必要だけど、とりあえずこれなら安全に倒せるか」


 神像の右眼に収納し、死体である事を確かめる。

 名前はやっぱりヒュドラだった。

 これも一応亜竜らしい。

 周囲を確認しても目立った魔獣はいないみたいだ。

 蛇頭の死骸も回収して今日は帰るか。


「義弟ー、だいぶ手こずったみたいじゃないか」


「そうだな。初見の敵だったからな」


「あんな敵が頻繁にくるようならこの狩り場の監視を強化しなくてはなりませんね」


「でも攻撃パターンと弱点は把握したよ。だから帰ったら戦法を練ろう」


 走って帰りながら狩りの成果について話す。

 ヒュドラ対策に使うロック・ウォールについては、魔弾の古代魔法文字を書き換えて筒状の壁を生む魔弾にできないか、後でリュオネに訊いておこう。


「リュオネはもう帰ってるかな。結構南の方まで行ってるんだっけ?」


 リュオネは今衛士隊の皆を連れて南側で草原を開墾して畑に変える作業をしている。

 日帰りだから帰っていてもおかしくない。

 

「どうでしょう。太陽はまだだいぶ高いと思いますが」


「まあまあ、黙って急いであげようじゃないか。義弟は早くリュオネの顔が見たいんだろう。何しろ今回のブラディア出張は長かったからな。兵器開発部とのやりとりから第三新ブラディアの防壁強化、ゾフィ達との書類の処理……うん? そういえばクローリスはシリウスで休んでいるのか? 一緒に行ったのだから帰りも同じだったのだろう?」


 首を捻るアルンから思わず目をそらす。

 そうだよな。他の皆もそう思ってるだろうな。

 どうせ竜騎兵隊が話すだろうから今言ってしまおう。


「クローリスは、置いてきた」


 二人の表情が消えた。


「義弟、いくらクローリスとはいえ、それは非道というものではないか?」


「閣下、以前から言おうと思っていましたが、弱みにつけ込んでクローリスをこき使うのは如何なものかと」


 スズさん、クローリスの扱いについて貴方に言われたくないです。弱みにつけ込んでないですし。

 二人からの非難の言葉に萎えそうになる心を奮い立たせて説明をする。


「いや、いやいや。クローリスの方が仕事を抱えているから僕も残って手伝うつもりだったんだけど、ゾフィさんに追い出されたんだよ。仕事はコトガネ様が手伝うから早く帰ってやれって。で、クローリス自身もそうしてくれって言うからさ」


 言っていて改めて罪悪感がわいてくる。

 早く帰りたい気持ちを後押しされたからといってやはり従うべきじゃなかったか。


「そうですか。まあ、この件に関しては私も同じ事を言うでしょうし、団長を責めるのは違いますね」


「そうだな。妻を優先するのは当然だろう! ただし、クローリスが帰ってきたらしっかりねぎらうんだぞ?」


 どうやら二人には理解してもらえたみたいだ。

 クローリスは帰ったらどうしようか。休暇は良いとして、温泉とホウライ酒も加えておくか。

 後は何が欲しいか直接聞こう。





    ――◆ 後書き ◆――

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