第66話【コトガネ様、神さまと再会する】


 宿に戻るとミコトとサティさんの姿がないので、ロビーに残っていた衛士隊のニルに訊くと暇になったので観光に行く出て行ったそうだ。

 どうやら入れ違いになってしまったらしい。

 急ぐものでもないので泉と植物で飾られたロビーラウンジで待っている。


「らーらー るらら らーらー」


 シャスカが機嫌良く、聞いた事のない音楽をくちずさんでいる。

 神殿跡を見てからずっとこの調子で機嫌がいい。


「楽しそうだなシャスカ。神殿跡があったことがそんなにうれしかったのか?」


 ちなみに今神さまのお守りをしているのはリュオネと僕だ。

 僕らにはさまれてソファの上で足をぶらぶらさせているシャスカにご機嫌の理由を訊いてみる。


「当たり前じゃ! 我が帰ってきたからには立派に再建させねばな!」


 神殿の再建なんて野望をもくろんでいたのか。

 ここの首長の許しとかいるんじゃないか?


「でもシャスカ、自分が神さまだって言ったらバルド教に目を付けられるんじゃない?」


「うぐ、そうじゃった……」


 笑顔をひっこめてシャスカが肩を落とす。

 確かに、シャスカがいるとわかれば、バルド教は異界門封印の道具としてシャスカを再び捕らえようとするだろう。


「ザート! 我が自由に出歩けるように、はようバーバルの奴を……むぐぁ!」


 はいそこまで。

 それとなく周りを見回す。

 けっこう大声がでていたけど大丈夫だろうか。


「ばか、気をゆるめすぎだ。ティランジアにもバルド教徒はいるんだぞ?」


 ゆっくり手を離すとわかってもらえたのか、シャスカは神妙にしていた。

 周りで動く気配が無い事もリュオネに確認してもらい一息つく。


 ここにはバルド教の施設があってまだ稼働している。

 湾で暴れた僕たちにバルド教徒が気付いていないはずがない。

 あからさまにしていないだけで、僕達を監視している可能性は十分にあるのだ。


「バーバル神様をおとしめるのはどこのどいつだー?」


 緊張が解けた所でいきなり後ろから声をかけられたのでシャスカがビクリと反応して振り向く。

 

「ひさしぶりやねぇシャスカ? もしかして縮んだ?」


 悪戯が成功してにっこりと笑うミコト様がいた。

 後ろにはアルンとサティさんもいる。


「おぬし、ティルクか?」


 ぽかんとした顔でシャスカが訊ねるとミコト様はコロコロと笑った。


「今はミコトゆう名前やからそう呼んでな?」


「そうか、ミコトか! 我は、我は帰ってきたぞ!」


 何百年と幽閉されてきたシャスカだ。

 互いに友人と会えなかったのはさぞ辛かったのだろう。

 かすかなざわめきと弦楽器の音色が響く中、神さま達はしばらく無言で抱き合っていた。



 ミコト様の部屋に戻ってから僕達はそれぞれ好きなソファに沈み込んでいる。

 テーブルにバザールで買った菓子類を誰でも取れるように並べてちょっとけだるい時間を過ごしている。

 何をしているかといえば、神さまの出待ちだ。

 神さま達はなにか人には聞かせられない話をしているらしく、部屋に入って早々、寝室の方で密談をしている。


——神界の審議会はほんまアカンわ! うちが何度も申し立てとるのによう動かんもん。バーバルが何年神界の掟をやぶっとるんかってはなしやん!


——後ろ盾があやつじゃからの。審議会に公平さは求められん。結局は各々の人を戦わせよという神界の原則に頼るほかないのじゃ


 これ密談じゃ無いよな。

 大声になるとちょこちょこ聞こえてくるんだけど、隠す気あるのかな?

 人を争わせるとか、たしかに聞かせづらいかもしれないけど、今更な気もする。

 言われなくても人間は争っているのだから、神を恨んでも何も生まれない。


「ザート、わしは兜は脱いでおいた方が良いと思うのじゃが」


「良いんです。隠しておいた方が良いこともあるんですから」


 さっきからコトガネ様が隣で落ち着きなく兜をつけたりつけなかったりしている。

 ミコト様が寝室から出てきたらコトガネ様を紹介する予定だ。

 皆で話し合って、最初は声を聞いてもらってから具足の中身を見てもらう事になった。


——で、ザート達の知り合いと会ってもらいたいと思って呼んだのじゃ。


 ドアの向こうから聞こえる声でだらけていた皆に緊張が走る。


「もう、何なん? 知り合いなんて昨日はおらんかったやん。さっき会った二人以外にもおるん?」


 ドアを開けて出てきたミコト様がこちらを見て固まる。

 そりゃそうだろうな。全身を包む総具足姿の人物が僕と一緒に立っているんだから。


「んー?」


 最初は驚いた顔をしていたミコト様だったけど、すぐにこちらに寄って来て、いぶかしげにコトガネ様を見上げてきた。


「……おじいちゃん、なにしとるん?」


 そういって盛大なため息をついた。

 今までの浮世離れした雰囲気とは少し違う、神さまらしくない、親しい人に向ける表情だ。


「わしの事が、わかるのか?」


 かすかに震える声が鎧の中から聞こえる。


「うん、わかるよ。魔物になっとっても、おじいちゃんて、わかるよ。だからその兜とってくれん?」


 体内魔素の使い方も上達し、僕達にも分からなくなってきたコトガネ様の偽装も神さまの前では通用しないのか、それとも肉親だから分かるのか。

 コトガネ様が留め具を外して兜をとった。


「……牙狩りみずからがこのような姿になり果ててしまっては、一族に顔を合わせづらくてのう」


 頭蓋骨の眼窩に宿る、魔人と同じ光る赤い目を動かしてコトガネ様が弁明する。

 その様子は普段の威厳ある老将ではなく、孫の反応を心配そうにうかがう祖父の姿があった。


「アホいわんといて。そないな事きにしとったん? ……あー、魔道具とったらわかったわ、魂魄がいびつにつながっとるやん」


 具足を完全に収納し、スケルトンの姿になったコトガネ様の身体を調べながら愛おしそうになでるミコト様は、孫というより我が子をいたわる母の様にも見える。

 どうやらコトガネ様の心配は完全な杞憂だったようだ。


「ミコトの事を信じられなかった爺ですまなかったのう」


「ほんまよぅ。ウチも神としてはいびつやってアシハラの皆に生かしてもろてんのに、おじいちゃんの姿を受け入れんはずないやん。いびつでも生きていればそれでええよ。ウチの見立てでは体内魔素の調整をし続ければ生きたいだけ生きれるし」


 生きられるだけっていうか、それはアンデッドではないのか?

 いや、人格があるから問題はないけど、すごいな。


「知り合いを看取るのは気が重いから、適当な所でお暇しておきたいのじゃが」


 ぐちをこぼすコトガネ様をミコト様がすこし挑むような笑顔で見上げる。


「長生きもええもんよ? 家族もようさん看取ることになるかしれんけど、長く生きれば、同じだけ新しい命が生まれるのに立ち会えるんやから」


 そういって穏やかに笑うミコト様は、確かに神さまで、アシハラの皆を見守る慈母のようにも見えた。



    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます。


シャスカが口ずさんでいるのは某有名ゲームのテーマソングです。

(もちろん世界観はチラリとも関係ありませんが、文明の廃墟がある、という所は一緒です)


ミコトがおっとり幼女からじいちゃん好きの孫、そして最後にちょっと関西のおばちゃんが入るのは仕様です。



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