第54話【ジョアンの復活】
〈ザート視点〉
「アルバだって……?」
瞑想をやめ、目を開くと共に疑問を口にした。
アルバ神は古代の主神の一柱だ。
高度な魔法文明を築いた民が信仰した神として、古代アルバ文明という呼称に御名が残っている。
バーバル神やティルク神と違い、しばらく尊顔を拝した者も預言者も現れていないため、既にこの世界からいなくなった神とされていた。
確かに神像の右眼はアルバ文明のものだけど、まさか主神が収まる
「ザート、大丈夫?」
目の前には膝をついてこちらを見ているリュオネがいた。
手には水で湿らせたハンカチが握られている。
「ああ、ありがとう」
頭を冷やし深呼吸をした。
そうだ、考えている時間はない。
ジョアン叔父の無事を確認と、異界門の再封印が残っている。
「じゃあこれからジョアン叔父と、もう一人外に出すよ。予定外だけど、驚かないでくれ」
もう一人? と戸惑うリュオネに詳しく説明している時間は無い。
もうすでに僕の魔導回路にはコトガネ様の時のような兆候が現れている。
浄眼に表示されている文字を確認する。
ジョアンの肉体を排出しますか(Y/N)
シャスカ=アルバを顕界させますか(Y/N)
※はやくせぬかバカ者。
……解析結果にメモをはさむとか、なにかずいぶん余裕そうですねアルバ神様。
さっきの会話といい、なにかこの神様への敬意というものがうすれていく気がする。
いや、よそう。そんな事を言っている場合じゃない。
情緒がないが時間も無いんだ。
僕は二つの選択肢で肯定の紋様を押した。
浄眼の青い視界の目の前に強く白い炎が現れ、一際明るくなったのち、徐々に薄れていく。
中から現れたのは心臓の右眼の中で再生した通りのジョアン叔父の肉体。
そして、神像のように
少女はかすかに波打つ黒髪で、肌はティランジアの民のように褐色をしていた。
開きかけたまぶたの内側からのぞく瞳は虹色のように見える。
サンダルをはき、緩やかなゲンシアンの花のような青いスカートの上にキトン、その上にトガをまとい、スカートの色をそのまま透かしたようなアリアヴェールをかぶっていた。
「のう、そこの女よ」
ゆっくりと目を開いたアルバ神は僕ではなく、となりのリュオネに顔を向けた。
「は、なんでしょう」
神威というものを感じたのか、リュオネはすっと頭を下げた。
「数年間この体勢のままでいたせいで足がかたまってしもうた。立つのをてつどうてくれぬか」
いつつ、と顔をしかめるアルバ神の脚を、リュオネはなんとも言えぬ表情でほどいていく。
さんさん法具は世話になったし、おそらく異界門封印にも関わっているんだろう。
感謝する気持ちもあるんだけど、釈然としなさも感じている。
今は神様はリュオネに任せて、僕は叔父の方を見る事にしよう。
急いでアルバ神の隣に横たわっている叔父に近づき、膝をついて呼吸や脈を確認する。
「……生きている」
けれど、まだ喜ぶには早い。
まともな
静かにおこすべく、ゆするために肩に手をかける。
「はよう起きぬか!」
パァンといい音を立ててジョアン叔父の顔が横に向いた。
「ちょっとぉ⁉」
やったのはいつの間にか横に来ていたアルバ神様だ。
なおも怒った顔で叔父の横っ面を張ろうとする神様をあわてて止める。
「アルバ神様なにやってんですか! さっき肉体を再生させたばかりですよ⁉」
「む、こっちにもジョアンじゃと⁉」
「僕はジョアンの甥です!」
なにこの神様、起きてるようで実は寝ぼけてんの?
「ちょっと二人とも、ジョアンさんが起きるみたい!」
リュオネの言葉で僕らは争っている手をとめ、息をころすようにして叔父を見下ろす。
確かにさきほどまでかすかにしか動いていなかった胸が大きく上下している。
口の中が乾いているのに喉が自然とゴクリとなる。
僕ら三人が見守る中、眉間のしわがほどけるとともに、固くとじられていたまぶたがゆっくりと開いた。
「……シャスカ、いるか?」
半目に開いた目はまだろくに見えていないのか、ジョアン叔父はすぐ近くにいる神様にしわがれた声で呼びかけた。
その声をきいたとたん、さっきまで怒っていた神様の顔がくしゃりと歪んで、虹色の瞳からは涙があふれてきた。
「おるぞ、ここは現世じゃ! 我らは勝ったぞ!」
おきあがろうとしたジョアン叔父にすがりついて声を出して泣き始めた神様を叔父が強く抱きしめた。
異界門事変以来の再会なのだろう。
詳細はわからないけど、抱きしめ合う二人の様子から強い絆を感じる。
「……おう、だんだん思い出してきた。こうして戻って来れたんだ。コトガネじいさんとの約束通り異界門を再封印しなきゃな。シャスカ、ずいぶん縮んだみてぇだがやれるか?」
「もちろんじゃ!」
懐から宝珠をだし、すぐにでも封印をはじめようとする神様をあわてて静止する。
「ちょっとアルバ神様! 僕らの仲間がまだ異界で戦っています! 彼らをもどしますので、封印はそれからにしてください!」
ちょっと二人には状況確認というものが足りていないんじゃないだろうか。
僕はかいつまんで今の状況を二人に説明した。
ジョアン叔父は戦っていた時の記憶もおぼろげにあるらしく、なんだか居づらそうにしてあまり話に加わらなかった。
「なるほど、委細承知した。ではジョアンジュニア、さっそく参るぞ」
そういうと、さっきまで足が痛いとうなっていたはずの神様が勢いよく立ち上がった。
「ちょっとまってください。ジョアンジュニアってなんですか?」
ごく自然にジョアン叔父に背負われて進むアルバ神様を追いかけながら僕が指摘すると、神様がきょとんとした顔で答える。
「お主ら叔父と甥であろう?」
悪気なしか。ジュニアってなんなの。
「そうですけど、僕の事はザートと呼んでください」
「ふむ、あいわかった。我の事はシャスカと呼ぶが良い。我は我で世の目を忍ばねばならぬのじゃ」
そんな事を話していると、戦闘音が聞こえてきた。
まだ魔素に侵されるまで時間は残っているとはいえ、相手は異界の魔獣達だ。
皆無事だろうか。
僕は知らず知らずのうちに足を速めていった。
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