第21話【バルド教の銃弾】


 うながされて建物に入ると、中の暖炉には火がはいっていて、外とは打って変わって暖かかった。

 調度品も一見廃品のように見えて使えるようにしてある。

 廃墟を偽装した拠点らしい。

 ビザーニャの調査員であるサティがアリアヴェールを脱いだ。


「殿下、クラン設立時に参じる事ができず申し訳ありませんでした」


 唐突な敬礼に慌てた僕とは対照的に、リュオネはおうように頷いた。


「構わない。設立といっても転属みたいなものだし、長く現地に潜伏しなければいけない諜報活動中の第八に招集をかける方がおかしいよ。今からは僕らにもさっきと同じように接して欲しい」


 サティさんは、先ほどとはうって変わって軍人然としている。

 第八は独立性が高く、外部との接触が多いから軍人のなかでも特に皇国への帰属意識が強い人がなるらしい。

 

「ではおことばに甘えて、第八小隊諜報員三十番”サティ”です。よろしくおねがいします」


 さっきまで凜々しく開いていた目を元の慈母のような糸目にし、リュオネに頭を下げている。

 けれどこちらに送られている流し目は獲物を見定める獣のように怪しく光っている。

 

 油断ならないな。

 さっきの軍人然とした態度をみているから平気だけど、なんだかハニートラップに引っかからないか試されているみたいだ。



「さて、じゃあさっそく、報告内容についてはなそうか」


 サティから報告を受けるため、リュオネと一緒に勧められたテーブルについた。

 アルバトロスは竜舎の方で休憩しているのでここにはいない。


「はい。家の外にいる協力者の皆さんと、別地域の情報とを照らし合わせて血殻の流通ルートを特定しました」


「協力者ってさっき出てきた人達の事?」


 さっきの孤児達の事を思い出す。

 諜報の仕事ではだいたい現地に協力者を作るらしいけど、サティは子供もつかうようだ。


「ええ。ゲルニキアからここビザーニャに持ち込まれた血殻は、バルド教所有の施設で加工され、小型の快速船に分散されてパトラへと送られてるんです」


 なるほど、フランシスコ商会は以前大型商船がリヴァイアサンに襲われた事を教訓に、血殻を分散させて魔獣をひきつけないように、襲われても被害が最低限にすむようにしているんだな。


「施設で作られているものがこれです」


 そういって差し出されたのは薄紅色をした魔弾、アルドヴィン側でいう弾丸だった。

 やはり僕が手に入れたアルドヴィンの弾丸だ。

 全体的に作りが粗い。


「なるほど、魔法考古学研究所が近いパトラで加工しているかと思ったけど、こっちで加工しているんだな。こっちに加工施設がある理由に見当はついているか?」


「人手の問題じゃないでしょうか? 施設ではさっきの皆さんのような貧民街の方を多く集めて加工作業をさせてるんです。慈善事業として。この街はパトラより圧倒的にそういう人は集めやすいです。危険な作業なので一般の信者や軍人を使いたくないんでしょうね」


 頬に手を当て考えていたサティが事もなげに答える。


「危険な作業、というのは?」


 リュオネが無表情に訊ねる。

 さっき見たところ、ビザーニャでも貧民のなかで獣人の割合は多いらしい。

 獣人の難民を保護している自分達が、貧民街の住人を救わずに危険な作業をさせている矛盾に内心穏やかではないのだろう。


 そんなリュオネをどういう目で見ているのか、サティが読み切れない表情で答える。


「作業工程の中で弾丸からたちのぼる魔素にさらされるんです。この弾丸は五つの工程でつくられます。製造用の法具の中に血殻を入れ、魔素を注ぎます。次にこの形に成型します。さらに固まりきっていない弾丸を数種類の原板に転がして模様を写し、先端に魔鉱石をさしこんで完成させます」


 サティの言葉と同時にリュオネが声をひくくして訊ねる。


「魔素で目が赤くなった協力者は何人?」


「大人が四人、子供が二人、全部で六人です。もちろん、私達の活動に協力してくれた皆さんには今後生活できるように取り計らっていますよ? 少佐からもその辺りは厳しく命じられていたので」


 そう、といったきり沈黙するリュオネの表情は晴れない。

 規模からいって、これまで数多く貧民街の人間が使い捨てにされてきたと想像できる。

 それに生活を保証したといっても、未来は明るくない。

 目が赤くなった、魔人に近づいた人間は危険だといわれ街を追われる。

 生活できるように、といっても人里を離れて暮らすことになるだろう。


「施設を壊しますか? 私は皇国に忠節をちかっておりますので、命じられれば実行しますけど、肝心の法具は複数あります。期待される結果にはならないかと。それに、私達も似たような方法で魔弾を製造しているんじゃないですか?」


 サティはリュオネにむけ寂しげに微笑む。

 彼女は諜報員で、監視者だ。

 得るべき情報のため、協力者の未来を閉ざす事を必要悪とわりきり見逃してきたんだろう。

 赤い目の元協力者に報酬を手渡し見送った彼女が苦悩しているのは想像にかたくない。


「サティ、僕達の魔弾は誰も犠牲にしていないぞ」


 サティを苦しませている誤解はとかなきゃな。

 僕はアルドヴィンの弾丸を収納し、魔素を分離して取り出した。

 サティは純白になった弾丸をみる。


「僕は法具で収納したものの魔素を奪ったり与えたりする事ができるんだ。これからこの弾丸に魔素を与えるよ」


 と言ったけれど、サティはいまいち納得していないようだ。

 もしかして、収納した弾丸とは別なものを取り出すと思っているのかもしれない。


 うん、どうしよう。

 魔力操作でもできるけど、どうせなら法具でやりたい。

 収納せずに、法具で状態を収奪付与できないかやってみるか。


 浄眼で視界を青くし、弾丸に魔素を込めるようにイメージするけどうまくいかない、ダメか……

 いや、シルトの六花の具足やコトガネ様から抜いた魔素はごく自然に法具の中の血殻にため込んでいる。

 無意識にしていたけど、魔力操作と法具を同時に使えば魔素の移動はできるんじゃないか?


 大楯を出現させ、純白の弾丸を輪切りにするように大楯で斬り、その状態で魔素を送る。

 みるみるうちに弾丸は薄紅色に染まった。成功だ。


「……この作業は、団長がお一人で?」


「そうだな、アルバの遺跡で似たような事が出来そうだけど、まだ方法は確立できてないから、今のところは僕一人だ」


 弾丸を手に取るサティの目には安堵の色が浮かんでいる。

 胸に手を当てて微笑むサティに僕はさらにいった。


「それから、施設をこわさなくてもバルド教に損害を与える方法を思いついた。彼らは僕達に協力してくれた。今度は僕達が彼らの復讐に協力できるかもしれない」


 命を削る役目を金の力で押しつけたバルド教には報復がふさわしい。

 もちろん、それすら僕達の利益になるからするんだけどね。





    ――◆ 後書き ◆――


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