第11話【昇級、宴会、尻尾による攻撃】


(カンカンカンカンカン、コッコッコッコッコッ)


 第三十字街の内部建築工事が進むなかで、ギルドの派出所も現在改装準備の真っ最中だ。

 グランドルのギルドの様に中央にらせん階段を作って、現在建設中の石塔につなげる予定らしい。

 受付嬢に案内され、先日昇級試験に参加した僕を含めたクランのメンバーがそんな改装工事の横をすり抜けていく。


 人数が多いので通された大会議室で、リザさんが昇級に使う魔道具を用意して待っていた。


「来たわね。先日はお疲れ様。さっそくだけど皆のプレートをもらおうかしら」


 マンティコアを倒したオットー達のプレートを受け取った後、リザさんが僕、リュオネ、ミワ、デボラの方にも手を出した。


「僕達もですか?」


「ええ。クランの記名も一緒にしたほうがいいでしょ? 忙しいから今は無理だけど、他の人達もプレート更新のタイミングで記名していくわ」


 なるほど、そういう事か。

 納得した四人もプレートをリザさんに差し出した。


「銅級プレートをもらったときも思ったけど、特に辞令交付、みたいなものはないのだな」


「銀級までは特にそういった手続きはないわね。こうしてプレートを貼り合わせるのと打刻をするだけ。不満だったかしら?」


 リザさんの問いかけに、五名がそろって首を振る。


「それじゃ、確認のため、打刻の前に名前と階級・位階を読み上げていくから、ちゃんときいてね」


「以下の者を【銀級十位】と認める。オットー=グラーツ……、ジャンヌ=ヴィレット……」


 各人の名前が呼ばれた後、魔道具にはめられたプレートが銀色に変わっていく。

 

「続けていくわよ。銀級九位冒険者デボラの位階を八位とする」


「へ?」


 デボラが不意打ちを食らった表情と同時にプレートに打刻がされた。


「あら? 言ってなかったかしら。今回の森林開拓の件で他の四人も位階が上がるわよ」


「え、そうなんですか!? やったぁ!」


 無邪気に喜ぶデボラさんの横で、僕は一気に警戒の度合いを引き上げた。

 何かこの流れ、前にもあった気がする。


「銀級四位冒険者ミワ=ナムジ、銀級五位冒険者リュオネ・ミツハ=アシハラ。二人を【銀級三位】と認める」


「やったねミワ! 一緒に三位に上がれたよ!」


「お、恐れ多いです……」


 喜ぶリュオネに恐縮しつつ嬉しそうなミワの横で僕はさらに警戒を強めた。

 僕のプレートを魔道具にはめているリザさんにたずねた。


「リザさん。銀級一位冒険者には何か権利や義務は発生しますか?」


 ここは先手を打って確認をしなくてはならない所だ。

 以前はこれで銅級の生産系の仕事を押しつけられたんだから。


「両方あるわよ。銀級一位は銀級上位四人以上で構成するパーティとしてなら第五長城外で活動ができるわ。同時に、大森林で異変があった場合、ギルドが招集する調査隊に加わる義務も発生するの」


 第五長城外という言葉に、思わずゴクリとつばを飲み込んだ。

 今は【白狼の聖域】をまとめているため優先度が下がったとはいえ、僕は今でも狩人を目指している。

 狩人の活動領域、第五長城外についに足を踏み入れるのだ。


 ただ、今は時期が悪い。

 クランの皆はそれぞれ多くの業務を抱えている。

 調査などへの参加は正直ごめんこうむりたい。


「……あの、そのお話、今回は辞退するわけには?」


「いきません」


 リザさんは笑顔で魔道具を操作した。

 一切の反論の機会があたえられなかった。

 二度目だよこれ……

 


   ――◆◇◆――


「リザさんやっと来てくれたー!」


「ごめんねフィオ久しぶりー!」

 

 拠点の一階での喧噪の中、フィオさんとリザさんは再会を喜び合っていた

 両手を挙げてからぶつかるようにハグしているなんて、僕の知っているリザさんじゃない。


 でも、昔のパーティメンバーが再開するとこんな感じなのかもしれない。

 聞いている限りでは離れていた仲間はリザさんだけだったらしいし。


 今夜は僕らの昇級・昇格を祝って多くのクランメンバーが拠点の一階で飲み、騒いでいる。

 食べ物のほとんどは持ち込みだ。

 第三十字街は引っ越してきたときよりも料理屋や屋台が明らかに増えているので、種類も豊富で生活しやすくなっている。


 おかげで皆の酒を飲むペースがはやい。もうエールの大樽一つが空になってしまう勢いだ。

 彼らも多くは兵種長につづいて銀級をめざす身だ。

 自分の所属していた小隊の隊長を中心にして盛り上がっている。

 一番盛り上がっているのは旧第一小隊だ。

 ハンナ、お前まだ謹慎期間あけてないんだけど? 兵種長が遠のくけどいいの?


「こうして大人数でお酒飲んでると、昔を思い出すわね」


 カウンターにヒジをつけてウルフェルを飲むリザさん。

 エンツォさん曰く、リザさんはウルフェルの大ファンらしい。

 味覚が特殊なのかな?


「昔って、【サバイバー】の頃ですか?」


 今カウンターにはエンツォ夫妻とリザさんしかいない。

 リュオネは衛士隊とエヴァに引っ張られていってしまった。

 

「そうよー。エンツォ達から聞いているかもしれないけど、当時のギルドはめちゃくちゃだったんだから」


 たまにグチがはいり、口調もあやしくなり始めるリザさん。

 ここは聞き役に回るのがいいだろうな。


「他の先輩クランは情報を独占するだけじゃなく邪魔までしてくるし、小競り合いの決闘なんて日常だったわ。でも自分達は新しい事をしているって張り切ってたわね」


「そうだな。第五城壁外にもいったな。俺と、リザと、ジョージと……いかん、年はとるもんじゃないな」


 そういって頭を振るエンツォさん。

 女性二人が話す声のトーンもなぜか落ちていく

 なんだかちょっと空気が重いような。あ、あれをだそう。


「リザさん。前に領都で教えてもらったお店の料理を持ってきてるんですよ。食べましょう」


 そういって神像の右眼からレイヨウ鹿のロースト、縞イノシシのステーキなど、以前領都で買いだめしておいた料理をとりだした。


「やーっ! もしかしてグリル・キングオーガーの料理!?」


「ザート君、やるわね!」


 女性二人のテンションは急上昇だ。

 取り分けるそばから食べてきゃーきゃー言っている様はやっぱり普段からは想像できない。

 マスターが止めるのも聞かず、テンションを上げたまま酒も飲み始めたため、ほどなく二人のよっぱらいができあがった。


「そうだ! ザート君。オロクシウスを倒したって聞いた時はお姉さんおどろいたわ。強いしクランのリーダーにはなるし、これからは女の子がほっておかないわね!」


 フィオさん、そっちにいるのは僕じゃない。

 あきらかにリュオネに向けて声を放ってるでしょ。

 ほらリュオネの耳、あきらかに動いているから。


「大丈夫、私は女冒険者のデータのほとんどをおぼえてるわ! ブラックリストを後で持っていくから面接につかってちょうだい!」


「さっすが才女! でも一般の女の子も油断ならないわよ? どうやって排除するー?」


 職権乱用宣言に排除宣言も問題だけど、人が人気あるっていう前提やめてほしい。

 忙しくて今までまともに離したのは七歳のアメリちゃんだけだから。

 いやそれも問題か。


 とにかく、このよっぱらい二人、わざと言ってるだろ。

 リュオネのそわそわする様子はもう隠しようが無い。

 尻尾の先がもう右へ左へと忙しく動いている。


「はぁ……エンツォさん」


「おう、後はまかせていってこい」


 フィオさんの首根っこを捕まえたエンツォさんからウルフェルをもらい、僕はリュオネのいるテーブルに向かう。

 涙目のリュオネの隣で飲みながら、僕はしばらくリュオネの銀色の尻尾で足を叩かれていた。




    ――◆ 後書き ◆――



いつもお読みいただき、ありがとうございます。


酒の席あるあるでした。


犬でも猫でも尻尾でパッサパッサされるのっていいですよね!




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