第03話【バックラーの消失】
『蛍火』
衛士長のミワが扉の向こうに明かりの魔法を放つ。
あらわれたのは白濁した水色の、氷のような石でつくられた通路だった。
横には等間隔に魔導灯が彫り込まれた紺色の石壁が続き、足下には絨毯のような緋色の石が行く先を示している。
さすがはアルバ魔法文明の遺跡というべきだろうか。
「どうしましょう? 魔獣はいないようですけど魔素がたまってます。ダンジョンという可能性も……」
「あるかもな。でも、ここは十字街の真北で一ディジィも離れていない。調査をしないわけにはいかない」
そもそも鍵をあけたの僕だしね。
通路に足を踏み入れると、天井が水色のせいか、地下なのに開放感を感じた。
「まずは調査だ。ミワ、先行してくれるか?」
ミワ率いる衛士隊に前を進んでもらい、僕達は後をついていく事にした。
「何かおれら、ださくね? とくに団長」
「うるさい。ミワは銀級四位だ。命がかかっている場面で頼らない方がおかしい」
こんな所でイキって死んだら目も当てられない。
「そうだよ。私達と違って冒険者経験も豊富なんだから。ミワ、よろしくね」
「はい! ミワにお任せ下さい! 敵が現れればナムジの術をご覧にいれてさしあげます!」
結界術で使う皇国の経典を片手に、ミワが遠吠えでもはじめるような勢いで返事をした。
当然尻尾は自分をむち打つように左右に振れている。
けれど、ミワの大みえを切った気合いは空振りに終わった。
「……なんで魔獣が一体もでないんですかぁ!」
ミワが八つ当たり気味に経典をバラッ、バラッと鳴らす。
どの通路に入っても魔獣の気配が無いし、不意打ちもされない。
なにより、魔素の濃度が一定だ。
これはダンジョンや魔境ではあり得ない。
「いないもんは仕方ないだろー。っつうか決めるのはこの先見てからにしようぜ」
そう、まだ探索は終わりじゃない。
最後にみつけた階段を上った先に次の扉があったからだ。
扉は一枚目の扉と同じ、四ジィ四方の金属製だ。
「それじゃ、開けるからみんな注意してくれ」
コリーがミワをなだめるのを横目にみながら、掘り込み棚にバックラー、もとい”神像の右眼”を差し入れた。
一枚目の扉と同じ様に、意外なほど軽快に開いた扉を押して開くと、なにか巨大なものがこちらをむいて座っていた。
人型っぽいけど、後ろの青い石が光っていて表情が読めない。
「敵、なのかな……」
「わからない、もう少し近づいてみよう」
注意深く武器を構えて近づくと、それが彫刻だということがわかった。
ティランジアのトーガのような服を着て目をつぶった男性があぐらをかいて座っている像だ。
これが神像なのか……?
「ザート、さっきと同じようなくぼみがあるよ」
神像の正面にいるリュオネが見る先には腰の高さほどの四つ足がついた箱があった。
「……じゃあ、入れてみる、か」
さっきの事もあったので気軽に箱に入れた。
それがいけなかった。
いきなりくぼみの中でバックラーが溶け出したのだ。
リュオネの息を呑む音で我に返った僕はバックラーを書庫に収納しようとしたけど、何かにはじかれたように右手の指輪に衝撃が走った。
気がつけばもうくぼみにバックラーはなかった。
沈黙が広がる。
——どうする?
心臓の音がやけに耳に響く。
顔から下まで一気に血の気が引き、めまいがしてくる。
動揺する自分を冷静にみる自分がいる。
あれが無い僕は冒険者を続けられるだろうか?
あれが無い僕はクランを率いる事が出来るだろうか?
あれが無い僕は貴族になれるだろうか?
あれが無い僕はリュオネの隣に——
「ザート」
右手に添えられた柔らかい手の感触で意識が現実に引き戻される。
「リュオネ……」
リナルグリーンの瞳を見つめると、焦っていた気持ちが静まってくるのを感じる。
そうだ、落ち着け、あれはモノだ。
リヴァイアサンを倒した時以降腰にぶら下げている予備の人造凝血石を左手に持つ。
収納。ショートソードを収納しようとしたけれど、できない。
排出。ホウライ刀を出そうとしたけれど、できない。
焦る気持ちが戻ってきそうになる。
そうだ、タブレットは?
右手の指輪をチラリと見て、魔素を流し込む。
左手の拳の前には見慣れた青い板が現れた。
「現れたか……ってなんだこの数字!?」
ほっとする間もなく、タブレットに表示された内容を食い入るように見る。
”血殻の柱”というものが勝手に入っていて、その数が今も増え続けている。
視界の端で何かが光る。
見上げると、閉じられていた神像の右眼で青い光が明滅していた。
――◆ 後書き ◆――
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
経典とはお坊さんがお経を読みながらバラバラやる奴です。
ミワはそれを武器にしています。
鈍器としては使えません。
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