第38話【明け方の静寂】


「知らない天井だ……」


 なんでこんな事を思っただろう。自分でもわからない。


 ここがギルド支部の宿舎の一室なのはまぶたを開ける前からわかりきっていたのに。

 当然、ここで寝た経緯も含めて、昨日のこともすべて覚えている。


 だるい筋肉痛む骨、ぼけた頭を無理矢理動かしてベッドから這い出た。

 広い部屋の隅にあったソファにたどり着いて肘掛けに身体を預ける。

 ひやりと冷たい石の床を足の裏に感じながら頭から血が下りて行くのを感じる。


「ふぅ………………はぁぁぁぁぁぁぁ……」


 ソファにかけられていたのか、リナルの爽やかな柑橘香を嗅いで、心地よく覚醒していく。

 早朝の静寂が心地良い。

 部屋は外部から来る客のために作ったのか、シンプルだけれど広くて調度品もそろっている。

 窓は曇りガラスで、まだ薄青い早朝の色を映し出していた。


 最悪だった昨日のことを思い返す。無事という奇跡に対し、誰に感謝すればいいんだろう。

 やっぱりジョアン叔父だろうか。ありがとう叔父さんありがとう。

 頑張ったよ俺。負けなかったよ俺。でも俺ってだれだよ。

 

 九死に一生を得たせいで昨日からテンションがおかしい。とりあえず水でも飲もう。


「……ぷはぁ」

 

 書庫から出したコップに魔法で水をそそいで、一気に飲み干した。

 昨日は水と果物くらいしか口にしていないから胃の中は空っぽだ。

 もう少ししたら書庫に秘蔵してあるミュスカでもつまもう。


「魔法をためるし、ためた魔法を変換するし。本当にこの書庫って底が知れないな」

 

 叔父はどこでこんな法具を手に入れたのか。

 僕が叔父について知っている事は殆どない。


 叔父が僕のように追放され、名を隠してブラディアで狩人をしていた事。

 そして死病に冒され、死の間際にマザーに赦されて戻ってきた事。


 マザーが葬儀に際して語ったのはこの二つしかない。


「ジョアン叔父の足跡でも調べてみるか。書庫の事もわかるかもしれない」


 最初は鑑定と収納という、よく知られている機能を併せ持った道具、という認識だった。

 それだけでも十分すごかったけど、もっとすごい機能や使い方があるんじゃないだろうか。

 叔父が使ったように、僕もこの法具をつかいこなしたい。


——コンコン、コン。


「おはよう——って、もう起きてたんですねザート君」


 書庫からとりだしたミュスカなどの果物を食べていると人の気配がした。

 待つ事十秒。白いドアを開けて入ってきたのは捻れた土色の角と、レンガ色の巻き毛をした受付嬢のララさんだった。




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