第34話 夏のおわり
長かった夏休みも遂に最終日を迎えた。
結構なんやかんやと忙しく充実した日々だったなぁ。ほとんどG同好会絡みの事しかしてない気がするけど。
去りゆく夏を惜しむかのように、今日は思い切り早起きしてみた。今日この日だけは一分一秒でも無駄にしたくないもんね。って、今更な気もするけど。あ、因みに夏休みの課題は半分くらいしかやってないけど、まあいいか。
いつもの如く、軽く準備運動してから巧の工場へと走り出した。早朝の清々しい空気にやや肌寒さを感じる。もう秋がそこまで来てる……のかな?
まだ交通量の少ない国道を軽快に飛ばし、早朝ランナー達が集う公園を走り抜けると巧の工場はもうすぐだ。夏休みの間、ほぼ毎日のように通ったこのルートも今日でおしまい。とはいえ、明日からは学校から工場へと走るルートに変わるだけなんだけどね。
デルタの調整やガンマの仕上げはギリギリまで工場でやるみたい。そりゃ、学校のガレージよりも環境が整ってるし、変な奴らにちょっかい掛けられる事もないしね。
あ、そー言えば、Gクラブの怖いマネージャー、通称「氷の女」の甲斐女史がそろそろうるさく言ってきてるらしい。「ちゃんとギア3台揃ったのか?」だって。
直虎が馬鹿正直に「今作ってるとこです」って答えたら「そんなんで間に合うの⁉」ってまたブチ切れたんだと。まあ、気持ちはわからなくもないけどね。
かなり早くに工場に着いちゃったんで、なるべく静かに入口の引戸を開けた。まだ朝早いこの時間帯だと、巧と直虎は2階の住居で寝てるはずだし。
そっと中へと進んで行ったアタシは、思わぬ物を目にして固まってしまう。
それは圧倒的な存在感を示しながら、工場の真ん中に静かに佇んでいた。
流れるように美しいカーブを描く艶やかなボディ。鋭角的なパイギアとは対称的な、曲線のみで構成された柔らかなシルエット。この形をアタシは知っている。
この工場の片隅でひっそりと眠る、かつて伝説と呼ばれたギアの姿。
それはまさしくガンマとそっくりな姿だった
いや、正確にはガンマを一回り小さくした姿、って言うべきか。
近付いてみると、その光沢のあるボディにアタシの呆けた顔が反射して写ってた。そっと指で触れてみたいけど、指紋が付きそうで思わず躊躇してしまう。
その時すぐ後ろで、ガサガサという音と共に何かが動く気配がした。
「んんー? あれぇ? ハルカさん? 早いっすねー。はよーございます」
そんな寝ぼけたよーな巧の声が聞こえてきた。
「うわっ、びっくりしたぁ。ちょっとアンタ、こんなとこで寝てたの?」
思わずそんな大声を出してしまうと、今度はその奥の方でも動き出す影があった。
「むー? あ〜、朝倉さん、おはよー」
普段からボサボサだった髪をより一層、爆発させた直虎がマヌケな声を出す。
「おはよーってアンタら、もしかして徹夜で作業してたの?」
巧も直虎も全身至る所に油で汚れたような跡があるし。
「えぇ、まあ。昨日の夜に外装パーツが届いたんすよ。それ見たら俺も直虎さんもテンション上がっちゃって、もう組み上げちゃおうか?ってなってw」
「えへへへ。それで気がついたら、外が明るくなってたんだよねぇ」
そう言う巧と直虎は、子供みたいに無邪気な笑顔を見せた。二人共、ホントに機械いじりが好きなんだろうなあ。
「そっか、お疲れ様。それで……完成って事? このガンマⅡ」
「いえ、まだ仮組みの段階です。パーツは全て揃ったんで、後は少しづつ調整しながら本組みしていく感じで。やっとここからが本番ですね」
近くに寄ってきた巧と直虎と共にガンマⅡを見上げる。
ホントに艷やかで綺麗なボディだなあ。巧曰く、車のエアロパーツとかで使うFRPっていう軽い素材なんだそうだ。このパーツはこの工事では作れないんで専門のメーカーに発注してたらしい。
「キレイな赤……」
そう、このガンマⅡは真紅のカラーを纏っていた。
「ハルカさんをイメージしたらやっぱり赤かな、って。あと、直虎さんのこだわりでもあるんですよ?」
へえ、何か思い入れがあるのかな?
「だって量産型の3倍のスピードで動くっていったら赤しかないでしょ?」
と、何故かドヤ顔の直虎。
「え? 3倍もスピード出るの?」
「……」
「……いや、3倍ってのは古いアニメのネタなんで。気にしないでいいです」
これまた、ちょと残念そーな巧に言われてしまった。
だって古いロボットアニメのネタなんか女子にはわかんないって。
「で、どうかな? 朝倉さん。自分のギアを見た感想は?」
そう聞いてくる直虎。
「アタシの……、じゃないよ。直虎と巧と、あと天草やケージにナオも含めた皆んなのギア、でしょ?」
その答えに、凄く嬉しそうに笑う巧。
「ですね。皆んなの協力あっての機体ですもんね」
「ううっ、あの朝倉さんがこんな立派な事を言うなんて。成長したんだねぇ」
……何泣いてんだ、
「でも本当、すっごい格好いいよね。元があのポンコ……あの直虎ギアだって信じられないよね」
「……わざわざ言い直してくれなくていいよ」
と、直虎にビミョーな顔されてしまった。
「まあ、あのギア全部分解して、使えるパーツだけ厳選したからね。最初に巧くんに言われた通り、ギアとしてはほぼ別物だよ。でも、魂だけは受け継いでるつもりだけどね」
「ふ〜ん。それ、単に生まれ変わったってレベルじゃなくて、ダメダメな主人公がチート能力授かって異世界に転生してイケイケになりました、みたいなもん?」
「……うわあ、無駄に的を得た例えすね。確かに」
「……そうかぁ。僕らは知らず知らずの内になろうの登場人物になってたんだねぇ……。しかも恥ずかしい程のテンプレ……」
あらら、流行りのテンプレ、否定派だったか。
「でも直虎さん、それって無双してザマァまでがテンプレですよ? これからの俺たちの活躍を暗示してるよーなもんじゃないですか?」
と、あくまで前向きな巧。この男はいつだって自信に溢れてるな。
「うん、そうだね。イージーに女神から与えられたんじゃなくて、POKDシステムは僕等の努力の結晶だもんね。それを使う事になる朝倉さんも、めちゃめちゃ頑張ってくれてるしね」
うっ、目の前でそういう事言われると構えちゃうけど。でもわかるな。
楽して何かは得られない。
何かを成すには必ず、相応の努力と覚悟が必要なんだと。
それがアタシがこの夏、学んだ事だ。
◇
「とりあえず二人共、シャワー浴びたら? 真っ黒じゃん? 昨日風呂に入ってないんでしょ? その間に朝食の準備しとくから」
そう言って二人を2階の住居に行かせた。こっちは朝食の準備っていっても、パン焼いてコーヒー入れるくらいだけどね。あ、冷蔵庫にフルーツがあったかな?
幾分スッキリした感じの二人が朝食を取り、くつろいでた頃に天草とゲージ、ナオのコンビもやって来た。
三人がガンマⅡを見るなり大興奮したのは言うまでもない。
「ああ、伝説の機体が目の前に……」
と、呆ける天草。いや、二代目だけどね?
「カッケー‼ もう動くんすか、これ⁉」
「あっ! こら触んなよ! 指紋がつくだろっ」
ケージとナオが舐めるように超接近して見てるんで、思わず大声を出してしまうアタシ。
「いや、高級車じゃないんだから。これからバトルしたら傷も付きますよ?」
と、巧にたしなめられたけど、今はこんなに綺麗なんだしさあ?
「でも、ホントに飾っときたいほど美しいですよねえ。とても直虎さんのあのポンコ……ハンドメイドギアだったとは思えないですね」
って、天草におんなじ事言われてるし。
「例のPOKDシステム? だっけ。それはもう付いてんすよね? 見れるんすか?」
わりと冷静なナオは内部の方に興味津々みたいだ。
「勿論、もう組み込んであるよ。ただ、基本動作から少しづつ調整してくから、POKDシステムに手をつけるのは一番最後になるね」
「うわ、めっちゃ楽しみっす。エグい機動性能なんすよね?」
ケージが子供の様にはしゃぎながら言う。そりゃ都市伝説として伝わってるだけで、実際は誰も見たことないもんねえ。見たのはテロリストと巧の幼なじみぐらいか。恩師の先生は乗った方だし。
「そうだね。間違いなく、ハルカさんじゃなきゃ乗りこなせないよ」
「くーっ、わかります。姐さんがこれ乗ってGクラブ相手に無双するんすね。そんで『え? アタシまたなんかやっちゃいました?』とか言うんすね」
「言わねーよっ!」
◇
天草が、とりあえず記念撮影しましょうとか言い出した。
「撮ってもいいけどSNSにアップとかすんなよ?」
無駄に相手に情報を与えたくないので、ガンマⅡは試合でお披露目の予定だ。
「しませんよ。あくまでプライベートです」
と、天草。この夏の想い出として、ってトコかな。
「なら、デルタ改も並べねーすか? バエますよ?」
だから
ガンマⅡをセンターに、その両脇にデルタ改、そしてその前にアタシら六人がしゃがみ、セルフタイマーでパチリ。
「先輩、ガンマⅡに乗り込んでよ。直虎先輩と巧先輩もデルタ改で。そんで撮るから」
ナオに言われるままにそれぞれ乗ってパチリ。
「えーっと、次はどーすっかな……」
「まだ撮るのかよっ! もういいよっ‼」
「一枚脱いどきますか?」
「脱がねーよっ!!!!」
結局撮影会は延々、一時間ほど続いたのだった。
◇
「そんで今日はこの後どーするんすか? また調整とかするんすか?」
と、ケージが尋ねる。
「うーん、流石に疲れたし、明日から学校始まるし、今日の作業はお休みしよーか?」
「そーですね。一応の区切りはできたしね」
その巧の言葉に天草が飛び付いた。
「あっ、じゃあせっかくだから、打ち上げしません?」
「打ち上げ? まだ完成してないのに?」
「だって夏休み中、頑張ったじゃないですか。最後くらいパーっとやりましょうよ?」
そう上目遣いで見回す天草があざとい。
「おお、いいっすねー。バーベキューやりましょう、バーベキュー」
「えぇー。この暑い中、外で?」
「暑い中やるのがいいんじゃないすか。それに夕方なら、だいぶ涼しくなってきてるし」
「食材結構余ってるし、いいかもですね。直虎さん、どーします?」
「うん、巧くんがいいなら僕も賛成。朝倉さんもいいよね?」
そりゃ一人だけ反対できないじゃん?
……ってな訳で急遽夕方からバーベキューをする事になった。それまでわりと時間あるから、直虎と巧は仮眠を取るらしい。二人は昨日、ほとんど寝てないもんね。で、他のメンバーはカラオケへと繰り出すのだった。
まあ、カラオケでは特筆すべき事もなかったのでさらりと流そう。
ナオが普通に上手かったとか、天草がやっぱりあざとい選曲だったとか、ケージはロボットアニメソングばっか熱唱してたとか、そんな感じ。
アタシ?
ケージに「姐さん、選曲がビミョーに古いっすね?」って言われたくらいかな。
って、流行りに疎いんだよっ! ほっといて!
◇
丁度カラオケから出たくらいで巧からメッセージが入った。
ぼちぼち準備を始めてるらしい。飲み物とか固形燃料とかの買い物を頼まれたんで、買い物はケージとナオに任せ、アタシと天草は帰って準備の手伝いをする事にした。
工場に戻ると、クラッシュの簡易コートの一角にコンロとかが設置されてた。食材の下準備に取り掛かるアタシと天草。
大体の準備が終わり、後はケージたちを待つだけ、というタイミングでスマホに着信があった。
『あ、姐さん、今工場前なんすけどね、大きい方のフェンス開けてもらえます? なんか、客が車で来てるんすよ』
「客? 誰だろ? 業者さんかな?」
『いや、業者って感じじゃないんすけどね?』
巧は今、住居の方で準備してるからいないし、直虎に聞いても知らないらしい。
「わかった。とりあえず直虎が開けに行くそうだから、ちょっと待ってて」
数分後、フェンスを開けに行った直虎が血相変えて戻って来た。
「た、た、た、た、大変だっ! ゆ、ゆ、ゆ、ゆう……」
何言ってんのか全然わかんないな。こんなに取り乱したコイツ見るの初めてだし。
「ちょっと落ち着けよ。 なに? 幽霊でも出たの?」
「ち、ちがっ、ゆ、ゆう……」
「だから落ち着けって」
その時、スクラップの山を縫って、バカでかい黒塗りの車がゆっくりと入ってきた。よく知らないけど、VIPとかが乗るようなやつだ。まあ業者さんじゃないのは間違いないな。
助手席が開き、真っ黒いサングラスにこれまた黒いスーツの、ガッツリとした男が降りてきた。某鬼ごっこ番組の鬼みたいな感じ。男がそのまま、うやうやしく後部ドアを開ける。
中から出てきたのは、モデルかと思うほどの抜群のスタイルを持つ女性だった。黒く艶のある薄いジャケットを羽織い、やっぱり真っ黒のサングラスをしていた。まるで外国の映画スター的雰囲気をビシビシ感じるけど、ショート気味の黒髪だから日本人なんだろう。……ってか、胸でかいな。アタシと同じくらいは確実にありそうだ。
見る者全てを圧倒するような超絶オーラを放ちながら女がこちらへと歩いて来る。
隣でガシャンと音がした。
見ると天草がポカンと口を開けたまま、落とした食器も構わずに固まってる。
「まさか、そんな……ゆ、ゆ、ゆ……」
こいつもかよ。いったい、なんだっての?
そういうアタシもこの後、同じ様に固まってしまうのだった。
5メートルほど手前で立ち止まった女がサングラスを取った。
切れ長で美しく魅力的で、それでいて挑むような鋭い眼差し。
その眼光に射抜かれたアタシはゾクゾクっと、全身痺れるような感覚に囚われる。
そして……アタシはこの人よくを知っている。
「巧、いる?」
……初めて聞いた。
憧れて、想い続けて、恋い焦がれた人の声。
世界的スーパースターにして、Gスポーツ人気を牽引するカリスマ。
門脇由衣がそこにいた。
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