第150話 継承

 雲の中へ隠れたカイルはさらに上昇を続けていき、雲を抜けると一気に加速して本来の目的地へと向かう。


 ――王都。


 カイルと別れて大通りを駆け抜けるキールゼンの視界に店の看板が入ってきた。


 店のすぐ近くにはレイジーンが立っており、彼の周囲にはモンスターたちが力尽き倒れている。


「遅いぞ! モンスター相手に商売でもしてたのかよ!」


 レイジーンがキールゼンに気付き声をかける。


「すまない。君の忠告を素直に聞くべきだった」


「ふっ……細かい話は後だ! 護衛は俺に任せろ!」


「頼む」


 キールゼンは一旦店に入ると、クルムが不安げな表情で椅子に座って待機しているのが目に入った。


「キールゼンオーナー、無事でよかった!」


 クルムは彼の顔を見ると笑顔になり、すっと立ち上がり話しかける。


「他のスタッフは?」


「すでに避難させています」


「上出来だ」


「持ち出す重要な書類一式、準備しておきました」


 用意していた書類の束をキールゼンに手渡す。


「ありがとう」


 クルムはキールゼンの返事に一瞬きょとんとした表情を浮かべる。


「どうした?」


「なんだか懐かしい雰囲気だなって」


「そうか」


 クルムはキールゼンがほんの少しだけ微笑んだように感じた。


「俺たちも早く避難しましょう!」


 二人は重要資料を各々のカバンに入れ、店の外で待機しているレイジーンと合流する。


「待たせたな!」


「あんまり長いこと待たせるから、ここらのモンスターは片づけちまった。帰ってきたら掃除が面倒だな」


「ずいぶん余裕だな」


「あぁ、こいつのおかげさ」


 レイジーンはカイルにもらった剣を一瞥した。


「これから俺たちはどこへ逃げる?」


「場所は既に考えてある。こっちだ!」


 キールゼンがレイジーンとクルムより先行して道案内しようとする――瞬く間の出来事だった。


「カぁぁぁぁイルぅぅぅぅ!! すわわわぁぁん!!」


 路地から誰かの声が聞こえたと思った直後、キールゼンが突然崩れ落ちた。


「あは! あはははは! やった! やったぞぉぉ!」


 キールゼンの腰付近から血がとめどなく溢れ、彼の服を赤く染め上げていく。


 彼は自身の体を支える力を維持できず、地面にうつ伏せに倒れる。


「あれー? よく見たらカイルじゃないじゃねーか。間違えちゃった、てへ!」


 刃に鮮血が付着したナイフを右手に持ち、ボロボロになった黒装束を身に纏ったヒースラルドがキールゼンの傍らに立っていた。


「オーナー!」


 クルムが叫ぶ。


「まー、カイル商会の奴なら誰でもいいわー。あはははは!」


「ヒースラルド!! てめぇ!!」


 レイジーンが素早く剣を鞘から抜き、ヒースラルドへ斬りかかった。


「ひやぁぁ! 血ぃ! 血ぃ! みんな血に染まれぇぇぇぇ!」


 斬撃を浴びたヒースラルドは両手を大きく広げて地面へと仰向けに倒れる。


「できた……打撃を与えた……痛撃を……あは……あはは……やった……」


 空へ向かって言葉を吐き続ける。


「やったんだ……ついに俺の……自分だけの力で……だから……俺を認めてくれよ……ミーリカ…………」


 彼は薄れゆく意識の中で、視線の先に人影のようなものがぼんやりと浮かんでいるように感じた。


「あぁ……ミーリカ……待ってたよ……」


 自身を見下ろすミーリカの幻影に向かい、消え入りそうな声で話しかける。


 手のひらに収まる大きさの彼女へ向かって右手を伸ばし、ゆっくり手を閉じていき――虚空を掴む。


「ミーリカ…………」


 その言葉を最後にヒースラルドは息を引き取った。


「キールゼン!」


「キールゼンオーナー!」


 レイジーンとクルムがキールゼンの傍に駆け寄りしゃがむ。


「オーナー呼びで統一しろと……言っただろ……」


 肩で息をしながら眉間にしわを寄せて苦しそうな表情をしていた。


「しっかりしろ! すぐにアイリスさんが……」


 そこまで言うとレイジーンは押し黙った。


「レイジーン、この出血量じゃ助からん……それぐらい分かる……」


「俺がついていながら……くそっ!」


「……気に病むことはない……。それに本来なら……ここへ辿り着く前に私は死んでいたはず……だからな」


「まだ諦めるな! すぐ助けが来る。それまで耐えろ」


「……憎まれっ子世に憚るって言葉……嘘だったみたいだな」


「こんな時に何言ってんだ!」


「……私は……もう目が見えん……クルム……クルムはいるか?」


「はい! ここに! ここにいます!」


「クルム……商会のこと……頼んだぞ……それとカイ……ル……オー……ナーへ……」


「カイルさんへ? ……カイルさんへ何ですか? キールゼンオーナー! …………キールゼンさん!」


 キールゼンはクルムの呼びかけに返事することはなかった。


「…………どうして! どうして!! みんな俺の前からいなくなるんだ!!」


 クルムの悲痛な叫びが木霊する。


「クルム……」


 二人は亡骸となったキールゼンをじっと見つめる。


 まるで時が止まったかのように沈黙が包み込む。


 そのまま悲しみの涙で満ちた海の中で溺れそうになる寸前でクルムは我に返った。


 涙をぬぐって立ち上がる。


「俺が…………私が商会を引き継ぎます!!」


 彼の面構えは凛としていた。


「レイジーンさん、私に力を貸してください!」


「あぁ、もちろんだ! クルムオーナー!」

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