第109話 エルフの森での戦闘

 ミーリカとヒースラルドは上空を浮遊しながら追跡者から逃れようとしている。


 エルフの町は彼らから見ると、豆粒ほどの小ささになっていた。


「そろそろ地上に降りるわよ」


 二人が地上に降りる頃、空は夜の帳に包まれ始めていた。


「これからどうするんだ?」


「まだ追ってきている可能性が高いわ」


「そうだな、相手はオルレイスだからな」


 ミーリカは魔法詠唱を始める。


「インヴィジブル」


「なんの魔法なんだ?」


 ヒースラルドは何も体に変化が起こらないため、首を傾げて不思議そうな表情をしながらミーリカに尋ねた。


「気配を消す魔法よ。これで闇夜に紛れて森を進みましょう」


「ミーリカが来てくれて本当に助かった。これでしつこいオルレイスの奴も振り切れるな」


 二人はエルフの森の道なき道をひたすら進んでいく。


「もうすっかり夜だな。辺りも真っ暗で方向感覚も狂ってきやがる」


 森の中は星の光もほとんど届かないほど深く木々で覆われており、一寸先は闇となっていた。


 ヒースラルドの小言を無視してミーリカは迷いなく進んでいき、彼は彼女から離れないようついていく。


「今日はここで休憩しましょうか」


 ミーリカが少し開けた空間へ出てきたところでヒースラルドにようやく話しかける。


「そうだな。寝泊まりするにはここがよさそうだ」


 ヒースラルドは純白のローブに包まれたミーリカの身体をじろじろ見ながら話す。


「……あなた、何考えてるの?」


「い、いや……なんでもない」


「……そろそろインヴィジブルの効果が切れるわ」


 ミーリカは椅子として座れそうな倒木を見つけ座ると、ヒースラルドも彼女の隣に腰かけた。


「……あの商人たちだけでもムカつくってのに、オルレイスの奴まで現れるとはな……」


 ヒースラルドは右手のこぶしを強く握りしめながら話す。


「もうあなたの目的は達成されたでしょう? あの商人たちはもう関係ないわ」


「いや、俺の正体がバレた。あいつらは絶対殺す! 商人ごときが調子に乗りやがって!」


「大きな声を出さないで……。レクタリウスとガンビオルは失ったんでしょ?」


「確かにそれは痛手だ。けど、俺にはまだミーリカがいる。それに……」


「それに?」


 ミーリカの問いかけにヒースラルドは不敵な笑みを浮かべる。


「……まさか……あなたあれまで使うつもりなの?」


「あぁ。信者たちに持ってくるよう依頼してる」


「……ほんとあなたには呆れたわ……」


「そんな冷たいこと言わずにさぁ……ミーリカぁ」


 そう言いながらヒースラルドはミーリカの顔を見つつ、右手で彼女の左手を触った。


「触らないで」


 ミーリカは彼の手を払いのけて立ち上がる。


「なんだよー、せっかくいいムードになってきたってのによー」


 ミーリカが歩き出しヒースラルドから距離を取ると、彼も倒木から立ち上がった。


「……あなたは先に睡眠を取って」


 彼女は後ろを振り返らずに話す。


「わかった、わかった。機嫌直してくれ――」


「ヒースラルド! 伏せなさい!」


 ミーリカの呼びかけにヒースラルドが咄嗟にしゃがみ込んだ。


 直後、氷の矢がヒースラルド目掛けて飛んでくる。


 彼は間一髪で回避し、矢は木に突き刺さった。


「いやー、惜しい!」


「この声! ……オルレイスか!?」


 ヒースラルドは声が発せられた方向へと視線を向ける。


「ライト」


 再び声が響く。


 真っ暗だった空間は明るく照らされ、三人の姿形がはっきりと映し出された。


「やっと追いついたよ。ヒースラルド」


「オルレイス! なぜ俺たちの居場所が分かった!?」


 ヒースラルドは想定外の事態に声を荒げる。


 (インヴィジブルの効果で彼から私たちは不可視になっているはず。それでも追ってきたということは……)


 ミーリカは思考を巡らす。


「気づいてなかったのか? 追跡魔法がかけられていたことに」


「追跡魔法? くそっ! そんなものが!」


 (やっぱりそういうことね)


「大人しくヒースラルドをこちらへ渡してもらおうか」


「いいわよ」


「ちょっ! ミーリカ!」


 ミーリカが即答するとヒースラルドが慌てて反応する。


「……と言いたいところだけど……このまま黙って引き渡すのも面白くないわ」


「私は手荒な真似をしたくない。貴女のような綺麗な女性には特にね」


「褒めるのが上手なのね」


「貴女のような美しい女性に褒められるのは光栄だよ」


「私一人でなら相手してあげてもいいのだけれど」


 ミーリカはヒースラルドを一瞥する。


「すまない! ミーリカ!」


 ヒースラルドは彼女の意図をくみ取り、暗闇の森の中へと駆け出して行った。


「なぜ貴女は彼をかばうんだ?」


「彼のことはどうでもいいの。こうした方が興味深かったから」


「大人しく道を開けてはくれないようだね」


 オルレイスは鞘から剣を抜いた。


「美女を傷物にするのは気が引けるけど……」


「そうと決まったわけではないでしょう?」


「……手加減はしないよ」


 ミーリカとオルレイスの戦いの火ぶたが切って落とされた。


 彼女と別れたヒースラルドは暗闇の森の中を進む。


 (真っ暗で何も見えやしねぇ)


 ヒースラルドは自身の感を頼りにひたすら前へ前へと突き進んだ。


 (早く信者たちと合流してアレを回収しないとな)

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