第107話 空からの来訪者

 カイルたちも空を見上げると――エルフの森の木々より高い位置に何かが浮かんでいるのが見える。


 よく目を凝らすと、それは人であり――白いローブを来た女性だった。


「ミーリカ!」


 ヒースラルドが声を上げる。


 ミーリカは何かを口ずさむと、突如カイルたちの頭上高くに鉄の柱のようなものが現れた。


「なんだあれは……? もしかして――」


「みんな! 彼から離れて!」


 カイルは意図に気付いたが、同時にアイリスも気付いていた。


 彼女は皆に合図し、カイルたちは一斉にヒースラルドから離れ散開する。


 直後、柱は地上へ降り注ぎ、ヒースラルドの周囲を取り囲んだ。


 鉄の柱は円柱を構成し、その中央にヒースラルドがいる状況になった。


 上空に浮遊しているミーリカは円柱の中へ下降していく。


「すまない、ミーリカ」


 ヒースラルドは救援に来たミーリカに礼を言いながら右手を差し出した。


 彼女はその手を自身の右手で掴むと、再度上昇する。


 ヒースラルドは彼女の右手にぶら下がり、二人は円柱から抜け出した。


「あなた重たいわ……色々と」


 上昇しながらミーリカは彼の顔を見ずに呟く。


 カイルたちは円柱から出てくる二人を視界にとらえた。


「二人を逃がすな!」


 メルフィスが声を張り上げる。


 ロミリオは弓を構え、矢を即座に放つが二人には届かなかった。


「アイリス、さっきの魔法はあの二人に届くか?」


「あの高さじゃバインドは届かないと思う……別の魔法でやってみるよ」


 (威力を落として……)


「サンダーボルト」


 浮遊しているミーリカとヒースラルドのさらに上空から稲妻が降り注ぐ。


「プロテクション」


 ミーリカは即座に魔法障壁を展開し、稲妻を防いだ。


 (できるだけ傷つけたくなかったけど……やっぱり防がれるよね)


 カイルたちがアイリスに視線を向ける。


 (まだ体調が万全じゃないから……これが今の私にできる最大威力の魔法)


「ファイアーボール」


 アイリスは現時点の魔力で可能な最大威力で発動した。


 火球が上空にいる二人へ襲い掛かる。


「ファイアーボール」


 ミーリカも魔法詠唱し、迫りくる火球へ放つ。


 二つの火球がぶつかると、アイリスの詠唱したファイアーボールはかき消された。


 (えっ!?)


 アイリスが驚いた直後、今度はミーリカの詠唱したファイアーボールがカイルたちに襲い掛かる。


 その火球はアイリスが詠唱した魔法の数倍以上の大きさで、カイルたち全員を余裕で包み込むものだった。


 (この魔力量……プロテクションじゃ防ぎきれない)


 アイリスは一瞬カイルたちの表情を見る。


 その皆武器を構え、火球の着弾に備えていた。


 (一か八か……やってみないと!)


「マルチプロテクション」


 カイルたちの正面に魔法障壁が展開された。


 上空の火球はみるみるうちにカイルたちに接近し――火球が着弾する。


 しかし、火球が着弾したのはカイルたちではなく地面だった。


 直撃を避けられたことで威力は激減し、プロテクションで難なく防ぐ。


 (わざと外したの!?)


 アイリスは空を見上げる。


 直後、周囲の森がざわつき始めた。


「なんだ?」


 カイルは周囲の異変に気付き、首を動かして状況を確認しながら声を上げる。


 彼の声でアイリスたちも周囲を見渡すが、違和感の正体をつかめない。


 そのざわつきは徐々に大きくなっていくと、はっきり人の声が聞き取れた。


「ミーリカ様をお守りしろー!」


 黒いローブに包まれた集団が森の中から現れたのだ。


 その数はどんどん増えていき、百人程の規模となった。


「あなたが呼んだの?」


 上空から地上の様子を窺っているミーリカがヒースラルドに話しかける。


「あいつらもこういう時は役に立つ。予定より少し到着が遅かったがな」


 地上に視線を向け、にやつきながら話す。


「……面倒事を増やさないでちょうだい」


 ミーリカは彼から視線をそむけた。


「信者たちよ! よく聞け!」


 ヒースラルドが地上に向かって声を発すると、ローブを来た人間の集団は皆揃って上空に視線を向ける。


「目の前にいるのは商人だ! お前たちが忌み嫌い、憎む商人たちだ!」


「こいつらが俺たちを不幸にしている元凶!?」


「そうだ! 思い出せ、商人たちから受けた仕打ちを! 苦しみを!」


「商人……こいつらが! こいつらが! 俺たちを貧乏人にして苦しめているのか!」


「その通りだ! さらにこいつらはミーリカ様にまで危害を加えようとしている!」


「ミーリカ様に危害を加える奴らは許さん!!」


「「そうだ、そうだー!!」」


 信者たちは一斉に声を荒げた。


「ふん。バカどもが。簡単に口車に乗せられやがって」


 上空のヒースラルドは声の大きさを数段落として呟く。


「このまま手を放してもいいのよ」


 ミーリカが淡々とした口調で話す。


「す、すまん。冗談だ」


 ヒースラルドは慌てて訂正した。


 地上のカイルたちは正面の信者たちと対峙している。


 信者たちはカイルたちへ敵意を剥き出しにし、一触即発の状況だった。


「おい、どうするんだよ?」


 レイジーンが隣のカイルに話しかける。


「まずは、俺たちに戦う意思がないことを示す」


 カイルは武器をしまった状態で、信者たちの前へ一歩踏み出す。


「待ってくれ! 俺たちはあなたたちと戦う意思はない!!」


 真剣な表情で信者たちへ訴えかけた。


「ミーリカ様に危害を加える奴らは許さん!!」


「「そうだ、そうだー!!」」


 一人が声を上げると、周りの信者たちも同調して声を上げる。


「どうやら、あっちは話し合う気がないみたいだぜ」


「くっ!」


 カイルはそのまま後ろへ数歩後退した。


 直後、アイリスがカイルに体を寄せ彼の服の裾を掴む。


「カイル……」


 彼女は怯えた表情でカイルの顔を見ている。


「大丈夫だ、アイリス」


 カイルたちと信者たちの間を張り詰めた空気が支配する。


「君はカイルの傭兵なのか?」


 カイルたちの後方にいたメルフィスがレイジーンの傍に立ち話しかける。


「あぁ、そうだ。けど、込み入った話なら後にしてくれ」


「そうか。なら、これを使いたまえ」


 メルフィスはレイジーンへレクタリウスを渡す。


「いいのか?」


「構わん、私にはとても扱えんからな」


「助かる」


「その代わり一つ注文だ」


「何だ?」


「相手は殺すな」


「なぜだ?」


「理由を説明している暇はない。――来るぞ!」


 メルフィスが信者たちへ視線を合わせながら話すと、レイジーンも彼らへ視線を合わす。


「商人どもは一人残らず殺せ! 行くぞぉぉぉ!!」


「「うぉぉぉぉ!!」」


 先頭にいる信者たち十人ほどがカイルたちに向かって駆け出してきた。


「ったく……難しい注文を――」


 レイジーンは信者たちへ駆け出して行く。

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