69.セピア色の憧憬 一

 脳裏に浮かぶは色褪せた写真のような。これまで目を背けてきたセピア色の景色。

 千佳との関係を見直す時に、この出来事は避けて通れない。

 長く、薄く息を吐く。思えばこうして自分からこの夢に触れるのは初めてかもしれない。呼吸を整え、焦らずにひとつひとつ丁寧に拾おうと意識する。


『――ねぇねぇ、ゲンじいがこんど、すっごくおっきな花火あげるんだって!』


 夢はいつも断片的で、ところどころは抜け落ちている。分析というとおかしなことかもしれないけれど、いつもはうなされているそれに対してこちらからアプローチする。


『――だいじょーぶ、いままでだってへいきだったし』


 花火を見に、裏山へ行きたいという千佳おひめさまを、ボクは最初なだめてたんだ。


 そしてボクは聞いたんだ。

 どうしてそんなに行きたいの? そしたら千佳は、


『だって、オトナになると、――の』


 ぽつり、と。悲しそうに言ったんだ。ボクはその意味が分からなくて、だから慰めることもできずにあたふたとして……、まて。

 ――千佳はいったい、なにを悲しんでいた?

 ドクン、と、心臓が跳ねた気がした。

 鼓動が急激に早くなり、じんわりと首筋に冷たい汗がしたたっていく。どうしてこれまで気づかなかった?

 いや、どうして見逃せていた?

 分からない。思い出せない。


『だけど、――――、ってゲンじいが言ってた』


 悪寒おかんぬぐえないまま。それでもひとつずつひとつずつ、壊れ物を扱うように検証を続ける。

 ゲンじい……ゲンジさんが、千佳に何かを教えたんだ。


『だから、――――。こうやって……にしし。それじゃ、まねしてね?』


 おそらくこれが、その答えとしてゲンジさんが示した方法だろう。指切りという、それこそ子供の時にしかしない動作。

 互いに指を絡め、言葉の調子に合わせながら上下に手を振り約束とする。


『――いくよ? せぇ~のっ』


 嬉しくてたまらない。そんな千佳の表情にボクも堪らず笑ってた。


「「ゆびきりげんまんウソついたらはりせんぼんのーます、ちぃ~ぎった!」」


 夢にうなされていることは、ゲンジさんにもこれまで一度だって話していない。

 けれど、向き合うためにもゲンジさんに確かめければならないだろう。


 そして花火大会当日、祭り会場の神社には露店が並び賑わっていた。

 打ち上げ時刻が近づいてくる。

 大人の目を盗み二人会場を抜け出して、新月の闇を懐中電灯の明かりだけを頼りに高台へ。


『――もっとよく見えるから』


 千佳が、先へ先へと崖際に向かったんだ。


『――もうすこし』


 その方が綺麗に見えるから。その方が音の聞こえがいいから。

 崖の先に近づいて。


 大輪の華が咲き誇るなか、気づいたらボクは宙に身を投げ出していた。

 途端に間延びする景色に、受け身も出来ず暗闇へと叩きつけられた。そのまま跳ねて転がり落ちて、上下左右も分からないまま、ガサガサしたなにかに突っ込んだ。


『――ねぇっ、ゆうってばっ』


 聞き慣れた声がした。


『ごめん、ごめんねっ、あだしのぜぇでっ』


 混濁する意識の中で、どうにかこうにか目を開ける。その子はボクに覆いかぶさるように泣いていた。

 分からなかったんだ。パニック状態というか、本気でそれが誰か分からなかったし、純粋に疑問だったんだ。

 どうしてこの子は泣いてるの? って。 

 けれどいろいろ限界で、考えてもいられなかった。


『ね"ぇっ、おぎて、おぎでっでぇ!』


 マズいな、これはどうにかしなきゃな、と思ったんだ。


『ぁ、ゆうっ!! ゆ"う!!』


 思うように力が入らず、感覚もなかったけれど。それでも自分の腕が動かせているのは目に見えた。口も動く。


『っぅ、ぞんなっ! どうだっていい、ぃいから……っ、あだしはっ』


 泣いていて欲しくなかった。我ながら、安心させたかったんだと思う。


『そん、なぁっ、ごんなのってないじゃないっ、な"のにっ』


 だからボクは咄嗟とっさにそれを持ち出したんだ。


『わが、わがっだがら、だがらぁ――――』


 そして。


『――ゆぅびぎりげぇんまん、うっぞづぅいたぁらはぁりぜぇんぼんのーます、ちぃぎったっ』

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