16.深窓の令嬢 六

 ……付き合ってもいい、だと?


「反対じゃないのか?」


「どうしてですか? 祐司さんが決めることです、相手について私がいなを言うことはありません」


 嘘や強がりではなく本心からそう思ってるのだろう。でなければこんなあっけらかんとしてるはずがない。


「それに――、ふふ」


なにがおかしいのだろう、千佳は俺を見て、くしゅっと笑みをこぼした。


「それに?」


「もっとヒドいこと、してくれていいんですよ?」


 それはとても蠱惑こわく的な挑発で、俺の前だけで見せる千佳の隠れた一面だった。


「――なんてね。あはは、困らせちゃいました? ごめんなさい」


 舌先をチロリと覗かせた千佳からはもう、さきほどまでのいびつな影は消えていた。ヒドいことをされること。千佳はそれをなによりの贖罪しょくざいとして捉え、心から嬉しいと思っているに違いない。

 そうでなければこんな表情はしないだろ?


「こほん。さておいて、祐司さんに目をつけるとは小湊さんも、なかなかいい目をお持ちですね」


 なんてわざとらしいせき払いだ……。


「と、なると? 登下校は途中まで小湊さんも一緒になりますねっ、私は半歩後ろにつきますので安心してください」


 ん……?


「もし映画館へデートに行くならカップルで見るのに良さそうなのをチョイスしますし、チケットや座席もご用意します。当日は荷物係も任せてください。小湊さんはいいとして、祐司さんの服は……私がコーディネートしますね! となると私だけ普段着というのもかえって浮いてしまうので、当日は私も気合いを入れていかないと」


「まさか……、ついてくる気か?」


「当たりまえじゃないですか、幼なじみなんですよ?」


 あれ、俺がおかしい? いや待てよ、やっぱ千佳の方がおかしいだろ?!


「もちろん、小湊さんにだって良いことはありますよ? 祐二さんの好みに合わせて味付けされるのですから」


 何をする気だよ小湊さんに。そりゃちょっとした興味は……いや、聞かない方がいいだろう。


「そもそも付き合ってないし告られてもいないからな?」


「そうなのですか? いいところでしたのに」


 どこがだよ。千佳がついて来る前提からおかしい。


「しかし近いうちにそうなるかもしれない、と。こちらはいつでも構いませんよ」


「だから違うって」


 千佳の真意がどこにあるのか分からない。デートだって付き添うとか言い出すし、なんならしゅうとめみたいな立ち位置だ。

 幼馴染の万能感よ……。


「先が思いやられるな……」


 でもだからって今すぐどうこうでもないし。

 そうだ、須藤に口裏合わせのLIMEライム送っとかないと。たしかバイトってことにしてたっけ。

 あぁもう黒歴史含め、本当のことが千佳にバレるのも時間の問題かもしれないな。

 複雑な気持ちで見上げた空は、俺のことなど見向きもしない鮮やかなまでの夏空なつぞらだった。





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