第12話

 十二月二十三日、日曜日。クリスマスイブを明日に控えた、本番前最後の休日。

 西東京支部正門の外で、修二は一人待っていた。

「お待たせしました、隊長」

 茶色いコートを着て、冬なのにしっかり脚を出したミニスカート姿で真琴が出てくる。修二は普段パイロットスーツか隊員制服姿の彼女ばかり見ているので、私服姿を新鮮に感じた。

「お兄ちゃんとお呼びした方が宜しいでしょうか?」

「いや、意味がわからん」

「今日は私、隊長の妹なので!」

(梶村が何か変な入れ知恵したな)

 修二は即効で察した。

「変な誤解をされるからいつもどおりにしてくれ」

「了解しました!」


 基地を出た二人は、エアバスで街へと向かう。西東京支部は市街地から少し離れた位置の空に浮かんでいるため、これがなければ街との行き来はできない。

 小人の街は人間の街と比べて未来的である。道路を走る自動車はホバー式が一般的であり、飛行自動車も街中を飛んでいる。

 二人は商業地区のバス停で降りる。人間社会では見ることのできない未来都市に、真琴のテンションも上がっていた。

「見てください隊長! 何度来ても凄いですよね!」

「俺は見慣れてるけどな」

 軍学校や西東京支部の寮でずっと過ごしていた真琴は街に来た回数も少なく、未だこの街に新鮮味を感じていた。

「で、どこに行くんだ天宮」

「ゲーセン行きましょう! ゲーセン!」

「……勝手にしてくれ」

 拳を上下にブンブン振って、興奮を隠し切れない真琴。対して修二は冷めた様子であった。

 二人は街を歩いて、真琴が街に来る度遊びに行っているゲームセンターへと向かう。

 やはり街は辺り一帯クリスマスの飾りつけがされていた。二人の職場は年中こうなので感覚が麻痺しがちだが、これを見ると否が応でもクリスマスが近づいていると感じさせる。

「いいとこですよねー、空も綺麗ですし。ここは雲の上ですから、雨も降らないんですよね」

「ああ、だからこそ人間界に出る際には、普段我々が経験することのない雨や雪には徹底して注意しなければならない」

 小人のサイズ感からしてみれば、雨粒も人間の十倍である。活動時期が活動時期であるため雪に降られる可能性もあり、その場合は尚更危険。北海道や新潟等の雪国で使用するトナファイターやサンタロボは、防雪装備を非常に充実させた特別仕様になっているほどである。

「もー、隊長ってばこんな日にまでお仕事の話してー」

 修二は黙る。ふと周りを見てみれば、デート中のカップルばかりである。

(……これじゃまるで俺達もデートしてるみたいじゃないか)

 急に周囲の目が気になりだして、修二はそわそわしだす。真琴は立ち並ぶビルをキョロキョロ見回し街を堪能しており、そんなことはまるで気にしてない様子である。

(いや、だからこその兄妹設定なのか? デートだと思われないために……)

 修二は改めて真琴を見る。元々抜群のスタイルの良さで、冬空の下惜しげもなく太股を晒す大胆さ。顔もアイドル並の美少女である。こんな娘とデートしているとあれば、周りの男達は羨望の目で見てくることだろう。

 だがそれ以上に気になるのが年齢差である。ただでさえ真琴は身長が低く、実年齢より幼く見られがち。修二の立場からしてみれば、あまりデートとしては見られたくないものなのだ。

「どうしたんですか隊長ー、そんなに離れて」

 少し真琴から距離をとってみると、真琴に気付かれ大声で呼ばれた。

「いや、何でもない」

 呼ばれた以上は仕方が無いので、修二は真琴の後ろまで行く。

 少し歩いたところで、何やら派手な建物に到着した。

「着きましたよ! こちらです!」

 ここは真琴がこの街に来る度毎回遊びに行くゲームセンターである。中に入ると、早速ゲームセンター特有の騒がしいサウンドが響いてきた。

「こんな場所に来るのは暫くぶりだな」

「グレてた頃はよく来てたんですか?」

「まあたまにサボりに来てたことはあったが……あまりその頃の話はしないでもらえるか?」

 忘れたい過去を掘り返されて、修二は顔をしかめる。

「隊長はどんなゲームが好きなんですか?」

「どうと言うほど好きなものがあるわけではないが、強いて言うなら自分で体を動かすタイプの方が好きだな」

「そうなんですかー。じゃあ、あれやりましょうか」

 真琴が指差したのは、ガンシューティングゲームである。だが修二は黙ったままの微妙な反応。

「ささっ、行きましょう!」

 修二は真琴に手を引かれて渋々とゲーム前に立つ。硬貨を入れて、ゲームに据付けられた銃を手に取った。

「私このゲーム自信あるんですよ。人間だった頃からゲーセンで似たようなゲームやってましたし。軍学校でも銃の成績は一番でした!」

 銃は見るからに本物ではないことがわかり易い、派手で玩具感あるデザインである。ある意味で言えば、サンタクロース協会で使用している兵器に通じるものがあるかもしれない。

 軍学校で銃の使い方は一通り学んでいたが、サンタクロース協会に入ってからはほぼ使う機会は無い。所詮玩具といえど、軍人の身ながら久々に銃を握る感覚は不思議なものであった。

 ルール説明の後、いよいよゲームが始まる。大画面の奥から、迫力あるモンスター達が迫ってきた。

「頑張りましょう! 隊長!」

 きゃいきゃいとはしゃぎながらプレイする真琴。それとは対照的に、修二は無言かつ無表情のままモンスター達を次から次へと的確に仕留めてゆく。

「凄いです隊長! 百発百中じゃないですか! まるで本物みたいです! あ、本物でしたね」

 本物の軍人二人に銃を持たせた結果、一匹たりとも撃ち漏らすことなくモンスターは全滅。この店のハイスコアに名を刻むこととなった。

「やりましたよ隊長! 私達が一番です!」

 銃を持ったままぴょんぴょん跳ねてはしゃいでいる真琴に対し、修二はゲームが終わるとすぐに銃を置いた。

「こんなもののどこが楽しいんだ? 似たようなのは軍学校でいくらでもやっただろう」

「あれはトレーニングで、これは遊びです。こっちの方が演出とか色々あって楽しいじゃないですか!」

「はぁ……さっぱりわからん」

「次何やりましょうか……あっ、あれとかどうです?」

 次に真琴が指差したのは、レースゲームである。

「勝手にしろ」

 先程のガンシューティングでは協力プレイだったが、今回は二人での対戦である。修二はまたも無言でハンドルを握る。

「負けませんよ隊長!」

 ゲームが始まると、やはり先程のガンシューティングと同じ雰囲気に。修二は終始無表情であった。

「やったー私の勝ちです!」

 僅差で真琴の車が先にゴールする。修二の眉がピクリと動いた。

「どうですか? 楽しいでしょう!」

「……もう一回だ」

 真琴の了承を得る前に、修二はコインを入れる。真琴に負けたのがよほど悔しかったのである。

「おおっ、隊長がやる気です」

 修二がその気になってくれたことが嬉しく、真琴もそれに応じた。

 次は修二が勝利。一回やっただけで操作技術は大きく上達していた。

「なんだ隊長、結構楽しんでるじゃないですか」

「ただ負けるのが嫌なだけだ」

「次何やります隊長」

「別に何だっていい。というか俺はそこでジュース飲んでくるから、何でも好きなのやってろ」

「了解です!」

 真琴は基地にいる時と同じように敬礼すると、沢山ゲームが置かれている方へ早足で歩いていった。修二は自販機でジュースを一本買ってベンチに腰掛けると、適当に真琴の方を見た。どのゲームをやるか迷っているようで、キョロキョロと辺りを見回している。

(やはり子供だな)

 そう考えると、先程の自分の行動も大概大人げなかったことに修二は気付いた。

(いかんな。こういう所に来ると素が出る)

 子供染みた負けず嫌いを発揮してしまったことを反省し、ジュースの缶を強く握った。

 少ししてやりたいゲームが決まったようで、真琴はダンスゲームの所に行く。

 真琴がそれをやり始めたところで、修二は突如ジュースが気管に入って咳き込んだ。パネル上で踊る真琴はやたらと身振りが大きく、ミニスカートで激しく動くものだから頻繁に下着が見える。下着は特に見られてもいいものという風でもない、ピンクの無地である。当然、周りの男達の視線はそちらに集まることとなった。

(あの馬鹿、自分がどう見られてるのかわからんのか)

 目のやり場には困るしあの男達のようにスケベだとは思われたくないが、見てはいたいという複雑な心境。

 一ゲーム終えたところで、周囲から拍手が巻き起こった。

「どーもどーも」

 真琴は褒められた気分で、照れくさそうにした。

「あっ隊長ー、そろそろ休憩終わりにして一緒に遊びませんかー?」

 真琴から手を振られ、修二は一瞬目を逸らす。何だ男連れか、という声がどこかから聞こえた。

「天宮、お前もう少し周りの視線気にしろ」

「え、私のファッション変ですか? 雑誌とか見て結構気を遣ってたつもりでしたが」

「いや、そうではなくてだな……」

 どうにも気恥ずかしくてはっきりと言えない。真琴は何のことだかわからない様子で首を傾げてくる。

「その……下着が何度も見えてたんだよ」

「あっ」

 そう言われると真琴は頬を仄かに赤くし、手でお尻を押さえた。

(一応こいつにも羞恥心はあるのか)

 思えば彼女が隊に入って三ヶ月になるが、必要以上に仲良くなることを避けてきたため彼女のプライベートに関することはまだ碌に知らない。

「でも、よく考えてみたら普段から着てるパイスーも下半身の露出度はパンツとそんなに変わんないんですよね」

 急にそんなことを言い出すので、修二は思わず真琴の顔を見た。

「それで普段から隊長にはそのパイスーのお尻見られてるんですから、今更隊長にパンツ見られたところでそんなに恥ずかしいことじゃなかったりするんですかね?」

「俺に聞くな。というかその理屈は飛躍しすぎだ」

「確かにそうですね! やっぱり私もパンツを見られるのは恥ずかしいと思います!」

「だったらもうそんな短いスカート穿くなよ」

「えー、私ミニスカート大好きなんですよー。パンツ見られるのは恥ずかしいですけど、それでもミニスカートは穿きたいんですよね」

「じゃあもう勝手にしろ……」

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