第21話「暴走族【闇夜叉】の受難(前編)」

 ここはとあるシンジケートの一角。


「げほっ、げほっ! いてぇなぁ、くそぉお! 煙草も吸えやしねぇ!」


 男が悪態をつき、加えていた煙草を地面に叩きつけた。


 男の名は城島猛。暴走族【闇夜叉】を率いるボスだ。


 城島の喉には、包帯がぐるぐるに巻いてある。


 城島は、最近まで喉の怪我で入院していた。怪我がある程度治り退院したのだが、まだ十分に回復していない。煙草を吸うたびに、煙が喉を刺激し激痛を伴っているのだ。


 愛煙家の城島にとって煙草を吸えないことは、地獄の苦しみに匹敵する。


 許さねぇ。絶対に許さねぇ!


 城島の顔には、火傷痕がある。そのかさぶたがついた顔を掻きむしりながら、城島はこれまでのことを思い出す。


 最初は、運が向いてきたと思った。


 敵対していたチーム【紅蓮】のボスが事故で入院。いち早く情報を入手した城島は、チームを率いて強襲をかけた。結果、縄張りを楽に分捕れた。【紅蓮】の幹部は軒並み再起不能にしてやったし、【紅蓮】のボスが退院して戻ったとしても後の祭りだ。


 【紅蓮】は機能せず、既に瓦解している。


 族時代の節目だ。関東に一大勢力を築いた【紅蓮】は滅び、【闇夜叉】の名が一気に全国区となった。


 城島は、十五で族の世界に入り、数年で愚連隊のヘッドに就任。その後着実に勢力を広げ、ついに関東の雄【紅蓮】まで滅ぼしたのだ。今や族の世界で【闇夜叉】の名を知らぬ者はいない。


 城島は、肩で風を切って歩く。城島の前を遮る者はいない。


 関東の新覇者となった城島であったが、その野望は留まることを知らない。


 もっともっとでかくなってやる!


 敵対勢力を次々と傘下に治めながら、組織を大きくしていく。そして、ついに総資産数十億といわれる天下の小金沢グループと縁を結べたのだ。


 縁の相手は……小金沢グループの御曹司、小金沢 紫門ゆりかど


 城島にとって紫門ゆりかどは、最高の相棒であった。


 紫門ゆりかどは、とにかく金払いがよい。些細な仕事でも成功すれば、気前よく金を払ってくれる。もちろんそれ相応の後ろ暗いことをやらされたが、問題なかった。なにせその後ろ暗い仕事が城島の趣味とマッチしていたからだ。


 城島が好き勝手に暴れても、小金沢グループの権力で守ってくれる。


 傷害、暴行、麻薬売買……。


 やばめの犯罪に手を染めてもお咎めなしとくれば、利用せずにはおれない。


 多少小間使いの真似をさせられようが、それがどうした?


 それを差し引いたとしても旨味がある。


 城島と紫門ゆりかどは、またたくまに蜜月の関係を築いた。


 ケチがついたのは……一週間前。紫門ゆりかどが一般人のガキを襲えと命令した日だ。


 チッ!!


 城島は、大きく舌打ちをする。


 嫌な予感はしていた。


 今まで好き勝手にやれたのも、同じワルが相手だからだ。不良同士の抗争に警察はあまり干渉しない。


 だが、一般人、それも中学生のガキを襲えば、さすがの警察も重い腰を上げずにはおれまい。


 城島は、不安を隠しきれなかった。


 本当に大丈夫なのか?


 城島は、何度も紫門ゆりかどに確認した。


 だが、紫門ゆりかどの返答は変わらない。警察の介入は、絶対に阻止するから思いっきりやれと言う。


 一株の不安を覚えつつも、相棒の紫門ゆりかどがそこまで自信を持つならと、承諾した。


 もともと弱い者虐めは嫌いでない城島だ。


 警察が介入せずに中学生の女を襲えるのだ。スレた不良女ではない、青い果実を。


 今まで我慢していた極上の獲物を襲える……その事実に城島は、歓喜した。


 信頼のおける幹部を集め、計画を練った。


 まずはターゲットの帰宅ルートを調べ、下校で独りになる時間を割り出し、襲った。


 今回は楽でおいしい仕事、そう思っていた城島だったが……。


 結果は、散々であった。


 ターゲットを捕捉、車に連れ込もうとしたら何者かに襲撃された。


 敵対チームの襲撃か!?


 身構えていたら、襲撃者の正体はなんと小柄な少女であった。


 それもツインテールをしたとびきりの美少女である。


 カモにネギ。ターゲットが増えたと喜んだのもつかの間……そいつは、とんでもなく狂暴なカモであった。


 精強で知られる【闇夜叉】の幹部達が、蹴られるわ燃やされるわ刺されるわ。


 顔や手に火傷を負った者、喉に傷を負った者、被害は多数。


 特に酷いのが、副総長のヤスだ。ヤスは脊髄に損傷を受け、全治三か月の重傷だ。


 ヤスは幹部の中でも群を抜いて強い男だ。伊達に副総長に任命していない。ヤスは、敵に鉄パイプで殴られようが、ひるまずに殴り返すタフガイだぞ。それをいくら無防備な背中を蹴られたからって、あそこまで一方的にやり込められるのか?


 ツイン女は格闘技を習っている、いや、あれはお上品なスポーツの動きではなかった。明らかに実践慣れした喧嘩の技だ。


 とにかくツイン女のせいで、幹部全員が重傷だ。


 まともに動ける者はいない。


 うちの精鋭が根こそぎやられ、チーム【闇夜叉】は機能不全に陥いった。


 幹部が不在なのだ。敵対チームから今まで奪ってきた縄張りは奪い返されるし、不審に思ったメンバーの脱退が相次いだ。


 ちくしょうがぁああ!


 さらにイラついたのが警察サツだ。やっと退院できたと思ったら、次は警察サツの取り調べである。


 誰にやられたか?


 開口一番、警察サツの野郎が、つまらない質問を投げてきやがった。


 もちろん正直に言えるもんじゃない。


 関東に覇を唱えた天下の【闇夜叉】が、たかが女一人にやられたとでも言うのか?


 しかもその女は、可愛らしい制服に身を包んだ中学生だぞ。


 とんだお笑い種だ。


 ばれたら他のチームにとことん馬鹿にされる。いや、馬鹿にされるだけならまだいい。【闇夜叉】は武闘派で成り上がったチームだ。その武力の信用を失えば、傘下のチームが離脱する。それどころか襲撃を受け、下剋上されることもありうるだろう。


 城島は幹部共と口裏を合わせ、他チームとの抗争の結果ということにした。


 あぁ、忌々しいぜ!


 さんざんコケにしてくれたツイン女……。


 ここまで舐められたらチームの沽券にかかわる。


 ツイン女の名前も住所も知らない。


 だが、その友達であろう女のヤサは掴んでいる。


 白石真理香……。


 この女の身辺を洗えば、ツイン女の正体が浮上するだろう。


 浮上しなければしないで、それは構わない。やりようはいくらでもある。ツイン女にとって、白石真理香は大事な親友のようだ。白石真理香を人質におびき寄せればいい。


 ツイン女は、多少喧嘩に強いかもしれない。それこそ喧嘩自慢の男よりもだ。だが、それがどうした!


 ケンカは数だ。


 たっぷり罠をしかけて迎えてやる。


 そんで捕まえたら、とことん地獄を味わわせて、生きていることをひたすら後悔させてやる。


 城島は暗い笑みを浮かべ、報復の手段を考える。


 …………。


 それにしても遅い。


 退院祝いにと、景気づけに呼んだ女がこない。


「酒はまだか? 女はどうした!」


 テーブルに置いてあった飲みかけの缶ビールを投げて、怒鳴り散らす。


 返答がない。


 おかしい。


 チームが壊滅したといっても、まだまだ人はいる。


 人っ子一人いないのは説明がつかない。


 他チームの襲撃か?


 今、幹部が軒なみやられている。


 可能な限り情報を秘匿しているが、どこから漏れるかわからない。


 あるいは傘下チームの下克上の線かも?


 ……どれもありうる話だ。


 城島は懐に隠してある銃を手に取り、おそるおそる部屋を出る。


 ん!?


 部屋を出るや、城島は部下が倒れているのに気づいた。


「……襲撃を受けたか」


 ぽつりとつぶやく。


「正解」

「だれだ?」


 思わず漏れた独り言に反応した奴がいる。


「どこにいやが――ぐはっ!」


 振り返ると同時に横殴りの衝撃が脳を揺らした。


 意識が飛びそうになる。


 殴られた?


 誰に?


 強烈な一撃だった。


 頭の芯まで響くような痛みと吐き気に襲われた。


「……探すの、少しだけ骨だったわ」

「て、てめぇは!」


 霞む目を見開き、襲撃者を見る。


 あ、会いたかったぜ。


 闘志がめらめらと燃えあがるのを実感する。


 乱入してきたのは、今の今までどう殺してやろうか考えていたターゲットのツイン女であった。

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