第4話
さて、封建主義社会の中では、うっかり「女王陛下が国民に感謝の意を」とかは口に出来ない……権力者は権威を保つこと「も」求められるからだ。
威張ることも、他人にやらせることも、封建社会の中では権力者にのみ許されるだけではなく、求められる一種の仕事なのである。
実際先輩はそういう意味ではかなり「変わり者」に入る上に、性格が優しいからそういう思いが強いのだが。
これはキリノにも厳命された。
「私たちがうっかり歴史の時計の針を進めるのはよくない」
と。
「それを決めるのは女王陛下先輩。私たちはあくまでもオブザーバー、いい?」
こういう場合のキリノの言葉は正しい。
だから従うことにした。
さて、そんなこんなで、先輩の護衛官であるアレルさんが率いるドッガ鳥の捕獲隊が戻ってきたのは大分冷え込みはじめ「三日以内に雪が降る」と皆が言い始めた翌日だ。
巨大な荷車を学校の裏に留めてあった武器商人たちのトラックで引っ張ってきた。
「丸ごと一羽というご所望でしたので、もっとも大きいものを持って参りました」
と誇らしげな顔でアレルさんが言うのも道理、それは巨大な鳥だった。
「もっとも、今が冬でなければ、保存魔法を使わないと腐ってしまうところですけれども」
前にも説明したけどこれ全長14メートル、体高だけでも7メートルもある。
荷車も車輪がかなり地面に沈み込んでいた。
そして30人ほどの人数が集められ、ドット鳥が入るほどの大穴を、学校砦の外に作った。
さて、そこからが大スペクタクルだ。
改めて大地母神に対しこの獲物に対する感謝の祈りを捧げる儀式をして、6人がかりのノコギリで頭部を落とすと、魔法使い数名で巨大な鳥を穴の上、空中に持ち上げた。
風の魔法で回転させながら羽根をむしる。
むしった羽はすぐに油分を抜く為にお湯に放り込まれ、浮いてきた脂をすくっては桶に貯める……これに灰汁を反応させて石鹸が作れる。
羽根は乾燥させて羽毛布団やダウンジャケットは勿論、尾羽の綺麗なものは高貴な人の為の羽根ペンになるそうだ。
さらに羽を抜いたあとの肉を10人がかりで棍棒で叩く。30分ほど叩いて肉を軟らかくする。
俺も参加させて貰ったが、鶏肉というイメージが変わるぐらい固く、張りのある肉が、最後に叩く頃にはぶよんぶよんになっていた。
ここに来る前に内臓は抜かれているので、今度はそこに数名がかりでシャベルを使って小麦粉と木の実を練り合わせた詰め物を放り込んでいく。
ミキサー車一台分ぐらいの詰め物が中に放り込まれた。
さらにキリノが作った醤油ベースのたれをつけ込んだ、ヤシの葉の様な木の葉っぱで、鳥の身体全体を覆う。
再び浮かせて敷き詰めた葉の上に下ろす。
今度は粘土をぺたぺたと塗りたくりはじめた。これも20人がかり。
この辺りになると女王である先輩まで一緒にやっていた。
「これ、大好きなんです!」
と粘土で顔と銀色の王家のビキニや身体を汚しながらニコニコしてる。
女王様と言うよりやっぱり年相応の高校生が野外料理にチャレンジしてるようにしか見えない。
ただ、目のやり場には困った。
何しろ力仕事だから全員周囲はビキニの女性ばかりだ。
しかも泥だらけになりながら、寒さの増す中、汗をかいて健康的な肢体を光らせてたりする。
健全な男子としては、体力と言うより精神衛生上の理由から撤退し、俺は穴の縁から事の成り行きを見守ることにした。
粘土の塊になったドット鳥の上に、掘り出した土を埋め戻した。
当然ドット鳥の分は盛り上がるからそれを均す。
「で、あとは?」
俺が尋ねると、先輩はニッコリ笑って。
「この上に火球を落とすんです」
ととんでもないことを言い出した。
「でもその前に、肉に味が染みこませるためにひと晩寝かせます」
「ひと晩でいいんですか?」
「それ以上は土の中の生き物にかぎつけられて食べられちゃいますから」
そうでした、ここは100万年後のファンタジー世界でした。
☆
そして翌日、宮廷魔法使いたち数名が代わる代わる、砦の外の地面に埋められたドッガ鳥の周辺に掘られた溝の中に炎の塊をぶち込んだ。
炎の塊はグルグルと等間隔を描いて溝の中を走りまわり、あっという間にドッガ鳥の周辺の地面を焼き固める。
そのど派手な光景もあってか、「ドッガ鳥をお城で料理しているらしい」という話はあっという間に伝わり「本当にお城で食事をごちそうしてくれるらしい」ということで、砦の外はそわそわしはじめた。
さらに、城の中の兵士たちも、だ。
これはサブリナのおかげである。
先輩に頼まれたサブリナは「城の兵士全員に」あの赤いメタリックカラーのビキニアーマー(キリノの厳命によりデザインは大分大人しいものになった)が「特別装備」として配られることになったからである。
やはり戦士なのだろうが、「赤くて特別」ということで彼女たちのテンションもかなり上がった。
「ドッガ鳥」というのは基本、戦争、もしくは鳥自体が里に下りてきて悪さをしない限りは捕獲されないものだし、女王陛下のいる場所で御自ら食事を振る舞うというのは前代未聞だそうだ。
まあ、普通の王様ってのはそういうもんだよなぁ。
日本だと大名の中には一緒に庶民と踊ったりするお殿様がいたりするけど、ああいうのは例外中の例外だし。
そして「くりすますのお知らせ」にはひとつ条件があった。
「各家庭にある木の皿を人数分、そして燃やせる物を持ち寄ること」
前日、初めての雪が降った。
俺はこの国でまさか使うとは思わなかった石油ストーブを引っ張り出し、火を付けることに。
キリノと先輩は砦の中をかけずり回り、先輩は銀色のビキニ、キリノはスクール水着姿で全員を指揮して砦の中を飾り立てた。
そして俺とキリノのスマホが指す時間が12月25日になる。
昼12時になった頃、先輩は学校砦の門の前に組まれた櫓の上に立った。
すでに門の外には門前町の、そして旧王都から来た人たちがガヤガヤと集まっている。
どう勘定しても掴みで3千人以上いる。
子供たちも大勢いた。
赤いビキニ鎧を身に纏った先輩は櫓の上から周囲を見回し、声を張り上げた。
「これまで我々は苦難の道を歩んできました! やがてその苦難の年も終わります。でも来年からは違います! 守りの時代は終わって、新しい、よりよい世界を切り開く時が来たんです!」
先輩の声は魔法によって増幅され、会場の隅々にまで広がった。
「さあ皆さん、これから鐘を鳴らします! そして深夜の鐘が鳴るまで、ここで大いに飲み、食べ、楽しんで下さい! 」
先輩が高く片手を挙げ、振り下ろすと、中庭に引き出された大きな鐘が鳴り、「くりすますのお祭り」が始まった。
ドッガ鳥が掘り出され、包んでいた粘土が割られる。
雪の積もる会場の空へ向けて、大量のほっこりとした湯気が立ち上った。
飴色に輝く特大のチキンと化したドッガ鳥。
砦の兵士達がそれを普段と違い、顔が写るほど綺麗に磨き上げた巨大な剣でゆっくりと切り取り、それを料理人たちが小分けにして持ち寄った木の皿に盛り上げる。
ちゃんと一列に整理させているんはセレルさんとアレルさんのふたりだ。
雪で冷やされた飲み物と、温かいスープ(ドッガ鳥の頭を煮込んだものでダシを取ってある)がさらに来て、昨日の夜から焼かれまくったパンケーキにちょこんと生クリームを載せた物が並べられる。
最初は皆戸惑い、そしてやがてそれぞれの料理をひと口食べると驚きと歓喜の声が上がる。
「美味しい!」
「甘い!」
「暖かい!」
「つめたーい!」
特に子供たちは素直だった。
楽師たちが音楽を奏ではじめ、集められた芸人たちが芸を披露する中、ドンドン祭りは盛り上がっていく。
中には防寒着を脱ぎ捨ててビキニになって踊る人たちも現れた。
俺はなにをしてるかって?
キリノと一緒に、先輩の挨拶が終わって最初のドッガ鳥を数十名分切り取って貰うと、砦にとって返して、残った守備の人たちに、学食で作ったパンケーキとスープにコーヒーを一緒に添えて配って回る役目だ。
お祭りに参加出来ない人たちへのせめてもの気配り、というところか。
ようやくアサルトライフルの使い方を覚え、背中に重い銃を背負った彼女たちは、俺の配給をとても喜んでくれた。
キリノの発案で、期限切れになりそうなキャンディーやグミ、チョコレートなどを紙で包んで一緒に手渡す。
中には感極まって泣き出す人も出てきてちょっと困った。
このテ=キサスの人たちが、どれだけ辛い年月を生きてきたのか、それがよく分かった。
ごちそうには違いないが、それを配っただけで有り難いと涙を流す、ってのはつまり、それぐらい「いいこと」に恵まれてないというか、希望の遠い世界に生きていたということで…………逆に言えば、そんなことを見て驚く俺たちが、これまでどれぐらい幸せな世界に生きていたかという証明でもある。
俺に出来ることと言えばニッコリ笑って「どうか警備をよろしくお願いします」と頭をさげ、泣いている人にはハンカチやティッシュを差し出すぐらいのことだ。
なんか、情けないというか、もどかしいというか。
だが仕方がない。そういう状況なのは事実だ。
これから変えていけばいい。過去に幻滅しても、未来に絶望しても始まらない。
「今」から変えていく。
…………あれ、どうも映画に影響されたか。
まあいいや。ネガティブシンキングよりポジティブもしくはノーシンキングのほうがマシ、って偉い人も言ってるらしいし。(続く)
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