第2話

「なんか頭の中で想像すると、それってワンピースの水着型サンタコスプレじゃないのか?」

「ぬ……」

 言われてキリノは気づいたらしい。

 あ、またいつもの「うっかり」が発動してたな、さては。

 こいつは冷静だし、状況の判断は素早いのだが、論争常態になると負けず嫌いの性格故か、それとも豪放磊落なロシアンマフィアのお祖父さんの血なのか、時折「何の為か」がすっぽ抜ける欠点がある。

「ワンピースの水着ってなんですか?」

「ほら、この前先輩に見せた……」

 と俺が執務室の隅にある箱を指差す。そこには学校の指定したスクール水着が入っているはずだ。

 ぼっ、と先輩の顔が真っ赤になった。

「あああああああ、あ、あれはだめです!」

 声が裏返っている。

「あんな、あんな、は、破廉恥な、身体の線と布地を一体化させて見せるようなものはダメです! いやらしすぎます! 卑猥です!」

 きょとんとキリノは俺を見た。

「どういうこと?」

「いや、俺にも分からん」

 人の美意識というのは文化をひとつ隔てると無限の段差を生むもんらしい。

「肌の露出は減るのに?」

「肌の露出はいいんです! あのぴっちりと身体の線を協調するのは駄目です!」

「露出するほうが駄目だと思う」

「人の素肌は自然のものです、あんな……あんな……うっすい布地でぴったりと……ああ、なんていやらしい!」

「確かに身体のラインが出るから、嫌らしいと言えば言えるけど、あの紐ビキニのほうが卑猥だと思う」

 とキリノが当然の疑問を投げかけるが、先輩は「駄目な物はダメです!」と怒りそうになった。

 まあまあ、と俺は割って入ったが正直これじゃクリスマスは難しいな、と思った。

「んー、だったら聞いてみる?」

 意外な助け船は机の上からやって来た。

「あたし、戦女神のビ・キニとはダチだし。実際呼び出して聞けばいいじゃん?」

「おい、サブリナそんなこと出来るのか?」

「できるわよー」

 それまでぺたんと座っていた二頭身のカウガールはひょいと立ち上がった。指笛を吹くと、スレイプニールという名を持つ、彼女の付属移動ユニット……というより同じ様にディフォルメされた子馬がテーブルの下から飛び上がると、とったかやって来て停止する。

「少なくともヴァルちんは知り合いだし、あたし霊子周波数しってるから実体化させて直接指示が意見聞けるよ」

「霊子周波数?」

「あー、ほら彼女たち『神々』が人の想念が霊子って言う素粒子のひとつに働きかけて生み出されたって話はしたでしょ?」

「まあな」

「で、で、素粒子や量子は『波』…………だから神々の個性ってのは周波数なのよ。かつては未整理でノイズも多かったから普通の人類にも見えたし声も聞こえたんだけど、今は人の思いが長年積み重なって純化してノイズがなくなったから殆ど見えなくなったの。でも事象は発生する、と…………電波自体が放送局になって永遠にこの辺りをうろちょろしてるって考えて頂戴」

 どうにも納得しかねる話ではあるが、そういうことにしておかないと話が前に進まないので俺は頷くことにした。

「つまりあれか、電波の受信装置があればラジオやテレビみたいに姿形が見えて、話もできるって事か?」

「そういうことそういうこと」

 こくこく、と二頭身カウガールは頷いた。

「なあ、その理屈でいうと神様と幽霊の区別が……」

「じゃーはじめましょー!」

 俺の疑問をしれっとサブリナは無視しやがった。



 その翌日、サブリナは学校砦の運動場…………今は訓練場と呼ばれる……のど真ん中に、砦周辺の街を作るのに使った木材の端切れを組み合わせた奇妙な祭壇を築き上げさせた。

 祭壇と言えば聞こえは良いが、それは適当にな木の端材を縄や釘で打ち付けて作り上げた幅6メートル、高さ10メートル程の「鳥居」だ。

 どう見たって、鳥居だった。

 その根元に、理科室にあったニクロム線を突き刺し、端っこを古ぼけたAMラジオのハンドル部分に巻き付けている。

 で、サブリナ当人はと言うと、アンテナを掴んで周波数のダイヤルを回しているという有様だ。

「おい、これで本当に何とかなるんだろうな?」

「だーいじょーぶだいじょーぶ、どれくらい大丈夫か、っていうとね、あるじ様が毎朝健全な肉体反応として、股間がビッグ……」

 ぱあん、と派手な音がして、サブリナの頭にスレイプニールが(どうやってひづめでそれができるのかは俺にも不明な超科学力で)持ったハリセンが炸裂した。

「サブリナ、言動が下品である」

「しかたないじゃんよー、あたしの人格は19世紀末のテキサスっぽなんだからー!」

「お前のバグは仕方がないが、あるじ様への無礼は無礼である。それを修正するのが私の仕事である」

 べしばしぼしぼし。

「うう、あたしって不幸……」

……のわりにはサブリナは楽しそうな気がするんだが……まあいいや。

 とりあえず暫くそういうドツキ漫才を間に挟みながらサブリナは「チューニング」をしていたが、

「おっけー、みつけたー」

 と声を張り上げた。

 すると子供が自棄を起こして壊した物を不器用な親が修復したような歪な形の鳥居の中に青白い火花が散った。

 ゆっくりとそれが人の形を取り始める。

 長い銀色の髪、整った顔立ち、切れ長の目、そして……呆れるぐらいに少年のようにぺたんとした胸元を覆うのは青地に金色の模様が入ったビキニ鎧。

 兜とスラリとした素足の先を包むサンダルの踵には白い翼。

そして手には長い槍。

「ああ、なんてことでしょう! あれは戦女神ビ・キニ様!」

 そう言って先輩が地面に両膝を突いた。

 校庭に集まっていた物見高い人々も、衛兵もみな膝を突く。

 俺でさえ事情を知らなかったら膝を突いたであろう神々しい雰囲気。

 閉じた目を、彼女が開くとそれはいっそう強まった。

『私を呼ぶのは……だれ?』

 声は涼やかで、穏やかで、それでいて戦いの時は雷鳴のごとく轟くであろう張りを持ったものだった。

『私を受肉させるとは……よほどの思いの力が無ければ……』

「おひさー!」

 その答えにしては随分ぞんざいな声が響く。

『おお…………我が友、サブリナではありませんか。久しいですね』

「ホントにねー」

 スレイプニールにまたがると、サブリナはとてたかと彼女の足下に駆け寄った。

『なるほど、あなたなら私を一時受肉させることができますね』

 女神は神秘的な無表情のまま頷いた。

 知り合いというのは本当だったらしい。

「随分と純化されたねえ」

『ええ、人の思いが私をここまで進化させました。素晴らしいことです。人の思いは奇跡を呼び、神をも生むのです』

「ところでさー。あんた。名前通りビキニ好きだったじゃん」

 お前、そんな言い方はないだろう!

 思わず俺が突っ込もうとする前に、神秘的な無表情のまま、女神ビ・キニはこっくんと頷いた。

『ええ、大好きです、あれは、良い物です。だから加護の力を与えたのです【男は鎧え、女は見せよ】と」

 そこは神様として、ちょっと叱るとか、怒るとか、落雷のひとつもこいつに浴びせて欲しいんだが……。

「あのさー、ワンピースどう思う?」

 傍若無人にちびっ子カウガールは続けた。

『ワンピース? 服のことですか? それとも遠い昔、あなたが話してくれた……』

「ああ、違う違う、マンガじゃなくて、服じゃなくて水着」

『……見たことがないので、何とも』

「こういうの……ヘイ! キリノさま、かもーん!」

 ぴしっと指を鳴らすと、それまで何処に隠れていたのか、足首まで覆うようなマントに身を包んだキリノが現れた。

 マントを取り去る。

 そこに現れたものを見て、学校砦の関係者全員、つまりテ=キサスの国民だ……に動揺が広がる。

「なんて破廉恥な!」

「い、いやらしい……」

 という先輩同様の発言が飛ぶのは予想の範疇だったが、

「綺麗……」

「色っぽい…」

「キリノ様、綺麗……」

 という声も聞こえて来た。

「これが、ワンピース水着……この世界の常識じゃ、今の所この格好は破廉恥らしいんだけど、あんた的にはどーよ?」

 切れ長の目で、じっとビ・キニはキリノを見た。

 やがて、つかつかと歩み寄ると、キリノの周囲を大型犬が主に久々にあった時のようにクルクル回る。

 顔を近づけ、首を傾げ、あちこちをのぞき込み、挙げ句はしゃがみ込んでキリノの背後から見上げるような仕草をした。

 なんか、この女神、おかしいぞ?

 段々女神の目つきがおかしくなってきた。

 血走ってきたというか、瞳孔開いてきたというか。

 オマケに鼻息まで荒いような気がしてきた。

 やがて、俺が何か言う前に、女神ビ・キニは立ち上がり、つかつかとまた、元の位置に戻ってきてサブリナを見下ろした。

『見ました、彼女の着用している物がワンピースなのですね?』

「そ、あれも水着の一種…………で、アレを着用しているキリノ様はこの水着は恥ずかしいものではない、って言ってるんだけどあんたはどう判断するの?」

 サブリナの言葉に、女神の表情が動いた。

(続く)

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