4 月夜

 月夜


 次に私(千絵)がすーくんと出会ったのは、真っ暗な病院の通路にある長椅子の上だった。

 私は一人、自分の病室を抜け出して、そこにある長椅子の上に座って、じっと、一人で泣いていた。

 ……ずっと、ずっと泣いていた。


 そこに、なぜかすーくんがやってきた。

 すーくんは真っ暗な(消灯時間は過ぎていた)病院の通路を歩いて、私のいるところまでやってきた。


 私は、泣いていたから、最初、すーくんには気がつかなかったのだけど、すーくんはゆっくりと真っ暗な通路にある窓のカーテンを開けたようで、そこから夜空に輝く月の光が、真っ暗な病院の通路の中に差し込んできたので、私はそこにすーくんがいるということに気がついた。


 私が「あなたは、……この間の」と言って、すーくんの姿を見て、少し前に一度だけ会ったことのあるすーくんのことを、このとき久しぶりに思い出した。(それまでずっと、すーくんのことは忘れていた)


 すーくんは相変わらず幽霊みたいにぼんやりしていて、言葉を喋らなくて、月の光の中にいて、そこからじっと私のことを見つめていた。(今度はすーくんは私のことを、無視したりないで、きちんと見つけてくれたみたいだった)


「あの、これは、違うの。えっとね」

 と私は涙をぬぐいながらすーくんに言った。


 まだ名前も知らない(このときは私はすーくんのことを、大葉すーくんという名前の少年だと知らなかった)、病院で一度会ったことがあるだけの同い年くらいに見える、見知らぬ暗い少年に向かって、私は言い訳をする必要なんてなかったのだけど、私は私の家族にいつもしているように、このとき、すーくんにも言い訳をした。


「別に悲しくて泣いているわけじゃないのよ。ちょっとだけ、なんていうのかな、少しだけ、自分の家が恋しくなっちゃってさ、それでちょっとだけ、悲しい気持ちになってただけなの。私、病院に入院するのって初めてだし、病気になるのも、初めてなんだ。それでついね。本当に、つい、ちょっとだけ泣いちゃっただけなの」と私は言った。


 すーくんは私のそんな必死の言い訳も聞こえなかったように、じっと私の顔を見ていた。

 それからすーくんは月明かりの中から移動をして、私の横にちょこんと(少し距離をおいて)座った。

「……ここ、僕の場所なんだ」

 すーくんは少しだけ私の顔を見て、そう言った。


 それからすーくんはずっと黙っていた。

 ずっと、黙って通路に差し込む月の光だけを見ていた。


 私は、……あ、そういうことか。『夜にこの場所に来るのは、僕のほうが先だから、君は邪魔だよ』。って言いたいわけね。あ、そう。そういうことか。ふーん。


 私は思う。


 じゃあ、絶対にここから出て行ってあげない。


 私は、意地でもこの場所から移動してやるものか、と思った。

 そして、その思い通りに私はその夜、すーくんが自分の病室に戻るまでずっとその長椅子の上に座っていた。


 それはたぶん、時間にして一時間くらいだったと思う。


 その間、私はすーくんと一緒にずっと、病院の真っ暗な通路い差し込む月の光だけを見ていた。(その光は、とても、とても綺麗だった)


 ふと横を見ると、すーくんは、その月の光を見て、にっこりと笑っていた。(私はそんなすーくんを見て、変なやつ、と思った)

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