第28話R

 シオンさんは人差し指を閉じて握りこぶしにした後、さっきとは違った真面目な表情で、僕の方をジッと見てきた。

「まあ、確かにそうかもね…。ただ、気になっている事があって、実は君から不思議な魔力の匂いがするんだ…」

「不思議な魔力の匂い?」

「ああ、説明が難しいんだけどね。他の人とは違う気がするよ…。だがら、君が勇者っていったとき、実は少し信じてたんだけどな…。はははっ、残念…。そんな事ないのにね…。でも、君ならなにか手がかりを掴めるかもしれない…」

「手がかり?」

「…それは、秘密だ」

「わかりました。秘密ですね…。あっ、コーラ温くなったんで冷やします」

「私もコップを持ってこよう。よっと…」

 立ち上がると小さな棚から可愛い白うさぎが書かれたマグカップを持ってきた。僕はそのコップにコーラを入れシオンさんがコーラを飲んでいる姿を眺めた。

「…シオンさんって、所々可愛らしいですよね。そのマグカップとか…」

「……にゃっ!」

 その驚き方とか…。

「じょっ、冗談ですよ! …でも、変わった驚き方しますね?」

「わっ、私も好きでこんにゃ話し方をしてるわけじゃにゃい!」

「……」

「……」

 ここで笑ったらダメだ…。本人にとっては深刻な悩みなのかもしれない…。でも…。

「くっ…。はははは…」

「……やっぱり、さっきの話はなしにしようかな…」

「すっ、すいませんでした!!!」

 怒られる前に僕は急いでもう一本コーラを開けてコップに溢れんばかりに入れた。

「…まぁ、今回はそういうことにしよう」

「…じゃっ、じゃあ、乾杯!」

「ああ、乾杯」

 コップの音が響き渡り、甘くシュワっとしたものが喉を通り過ぎた。やはり、何度飲んでも美味しい。

「…でも、好きで話してるわけじゃないって事は呪いかなにかなんですか?」

 僕は真面目な顔をして聞いた。そんな魔法もあるのかもしれないからだ。

「…まだふざけてる?」

「ちっ、違いますよ! 本当に…!」

「……この前に滞在していた国の古い言語が抜けないんだ。にゅっとか…にゃっとか…やたら多用するし…」

「そっ、それは…大変ですね…」

 なんだ…。そんなことだったのか…。

「はぁ…」

 その後は、しばらくコーラを飲みながら談笑して、お礼をいった後に僕は神様に会うために教会へ向かった。そんなときだった。物陰に気配を感じ、振り向こうとすると、どこかで聞いた嫌な声が聞こえた。



「なかなか面白い事してるわね…」

「…その声…アーデル! …お前、どこにっ……。…なっ!?」

 建物の隙間に気配を感じ振り返ろうとしたが、さっきから体を動かそうとしても動かない。まるで、体が石になったようだ。首元にずっと伸びた彼女の冷たい手を感じる。

「…今回も私の勝ちのようね?」

「…ぐっ!」

「おっと…変身はしないほうがいいわよ。こんな町中で…。仕方ないわね…。…今回は引き分けにしといて上げるわ」

「……なにが目的だ?」

 耳元で囁く彼女を横目に見ると、特に武器なんてものは持っていないが、安心はできない。彼女がぼくの知らないこんな力を既に持っているってことがそもそもヤバい。

「あら…話が早いじゃない? そうね…。単刀直入にいうと、私とある大会に出て欲しいの…」

「…なんでそんなものに……。体が動くぞ…。よくもっ…!」

 彼女の胸ぐらを掴もうとしたが、僕は辺りの異変に気がついた。落ちかけの荷物に転けそうになっている人、氷のように止まった噴水…。止まっていたのは僕だけじゃない。この世界が止まっているんだ。

「…全く…話は最後まで聞くものよ?」

「……どうなってるんだ? …お前がやったのか?」

「いえ…私ではないわ…。この空間が過負荷状態になりつつあるの…。…でも、これは貴方が探しているものと違う。…サブイベントってやつね」

「……」

 これがサブイベント…?

「…まあ…私に取ってはメインイベントなんだけど……。…どうしても貴方の協力がいるのよ」

「……ちなみに協力しないとどうなるんだ?」

「ゲームオーバーってやつかしら…。でも、どうなるかなんてわからないわ…。案外…ここはなにならないかもね…。貴方は無限に絡み合った世界を…私は一と零の重なった世界を旅しているのだから…」

「…どういう意味だ? …もっと詳しく教えてくれ!」

「…ここでの会話なんてほぼ無意味なものよ。…貴方は忘れてしまう。そろそろ時間ね…。協力してくれるなら、ここを旅立つ前に闘技場に来て…。じゃあね…」

 アーデルが肩をポンッと叩くと、辺りは動き出した。まるで、悪い夢からさめたようだ。それに、本当にアーデルがいった通り、何もなかったかのようにさっきまでのことが記憶から薄れていく。

「…闘技場くらいしか覚えてないな。……あとで、時間があったらいってみるか……」




 街の真ん中にある噴水を越えたところに教会は建っていた。教会は、前の教会とは違い壁の色も綺麗で建物自体も大きく作られていた。歴史を感じない作りは最近できたか、もしくは改修されたのかもしれない。

「さて、どうするかな…」

 正直…入りたくない…。変な目で見られるのは目に見えてるからな…。

「…待てよ……」

 辺りに誰もいない事を確認して教会の裏側に行くと、そこは日陰になっていて草がのび放題だった。僕はしゃがみこんで草を抜き始めた。


「おいー神様ー…。聞こえるかぁー」

「はい、聞こえてますよ」

 よし、うまくいった。どうやら教会の近くにいれば会話ができるようだな…。草抜きをしてれば怪しまれないだろう…。

「なあ、聞きたいことがあるんだが六つの悪魔って知ってるか?」

「…六つの悪魔? なんですか…それ?」

 僕はシオンさんからさっき聞いたおとぎ話を神様に伝えた。

「…ってことなんだけど……。…かっ、神様じゃないよな?」

「わっ、私じゃありません! そんな恐ろしいことしませんよ」

「よっ、よかったよ…」

 流石にそんな目に合うのは嫌だからな…。

「うーん…。でも、その話…。もしかして、創造主と悪魔との戦いの事ですかね」

 …創造主? …この世界を作ったものの事か?

「でも、悪魔との戦いって…。一体どういうことなんだ?」

「あなたが理解しやすいようにいうと、ラスボスとラスボスの戦いです」

 なっ、なんだそのゲーマー心をくすぐる熱い戦いは…。

「詳しい事を教えてくれ」 

「…うーん。教えてあげたいんですけど、詳しい事はわかりません。…仮にその話が本当だったとしても、私が生まれる前の何千年も前の話だと思いますよ」

「そうか…。よいしょっ! なんかあると思ったんだけど…。そういえば、エルフの王国とかコビットの王国の魔力の流れがおかしいみたいなんだけど、なにか知ってるか? 抜けないっ…。おっとと…。こけるとこだった…」

 軽く尻もちをついた後、辺りの様子を確認すると草が抜けてかなり綺麗になっていた

 なかなか僕の草抜きスキルは高いみたいだな…。なんちゃって…。

「…っていうか、さっきからなにしてるんですか?」

「草抜きだよ、草抜き…。教会の外で話してるから、怪しまれないように草抜きしてるんだよ」

「草抜きですか…。教会に入ればいいのに…」

「嫌だよ。また、神の使いとか変なことになりたくないしね」

 僕は草を抜きながら教会を見上げた。すると神様は不機嫌そうな声で答えた。

「なんか嫌な言い方ですね…。魔力ですか…。私の方からはなんともわからないですね」

「ちょっと考えて見てくれよ。現状それぐらいしかヒントがなくてさ…。予知とかはまだ見れないの? ヤバい…。これぬけねぇ…。…ふっん!」

 僕は思いっきり草を引っこ抜いた。

「予知は…ぼんやりとしたものは見えるようにはなりました…。まるで水中から空を見るような感じですけど…」

「ほぼ…見れてないってことね…」

「まあ、そうなります。バリアブルブックは、まだ見れませんか?」

 僕はどうせダメだろうと思いながらステータスを開いて試しに発動した。そうすると驚いた事に青い本が現れた。

「あれ、発動できたぞ!? さっきまでできなかったのに…」

「なにが書いてありますか?」

「今まで通り小説みたいな感じでここまでの事が書いてあるのと未来のページは…。うわっ…」

「どうしたんですか?」

 開いたページはわけのわからない文字がびっしりと表示されていた。それはアイテム画面で見たコードのように規則性もなくバグったゲームのような状態だった。

「文字化けして…なにが書いてあるかわからない…」

「そうですか…。ただ、もしかすると元のルートに戻りつつあるのかもしれませんね…」

「なるほどな…。まぁ、とりあえずはいい傾向って事かな?」

「そうなります」

「よし、結構抜けてきた。綺麗になったぞ。感謝してくれよな、神様?」

 周りをみると敷地の半分程度の草が抜け綺麗になっていた。

 よし、もう少しだな…。

「私…草抜きしてなんて頼んでないんですけど…。…まっ、まあ、ありがとうございます。他に聞きたいことはないですか?」

「そういえば、HPについて教えてくれ」

「なにが知りたいんですか?」

「HPがなくなると、そもそも死ぬのか?」

「それもありますが、どちらかといえば行動ができなくなる…といった方が正しいです。あなたの世界で可愛く例えるなら疲れてなにもできないって感じです。…まあ、体力です」

 なるほど…。徹夜続きの仕事で倒れてしまったらHPがなくなったってことね。

「…ん? じゃあ、もしかして四天王が実は生きてるってパターンも…」

 僕は手が止まり妙な汗が流れた。

「それはないと思いますよ。とてつもないステータスに変化してたんですから…」

「…たっ、確かにそうだな。でも、そもそもステータスってなんであるんだ? ほとんどの人は自分のステータスですら調べないとわからないぞ。俺の世界と変わらないじゃないか?」

「簡単ですよ。無理をしないようにってことです。大まかなものでよければ補助魔法器具でみられるはずです。大きいので今は一部の場所にしか置いてないようですけど、いずれ小型化して皆が簡単に見られるようになるでしょう」

「それになんの意味があるんだ?」

 全く意味がない気がするんだけど…。

「あなたみたいにHPの概念がない世界にいたら感覚的にしか体力がわかりません。体力ギリギリを軽く通り過ぎて倒れたのは…いうまでもないですよね」

「……」

 …確かに数値が見れれば言い訳もたつな。今日はHP残り少しなんで帰りますとか…。…考えるだけで悲しくなるな。…まぁ、後は隠れた病気とかわかったら便利かもな。

「…わかりました?」

「…なんとなくな。…そういえば、魔法なんだけど回復魔法ってあるのか?」

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