第3話 悪意に満ちた世界
スカートのポケットからスマホを取り出し、フォースブックというSNSアプリを開いた。
タイムラインにはフォロワーの書き込みが沢山あった。
だが、今の私に必要な言葉は何一つ無い。
誰もが楽しかった事を書き込み、美味しかった物の画像、自分を可愛く加工した動画をアップしている。
『学校疲れる。イジメって解決しようが無いよね』
子供のありきたりな悩みを書き込んでみる。
別に慰めの言葉が欲しい訳じゃ無い。
じゃなんの為に?
私にも分からない。
共感して欲しかったのかもしれない。
しばらく眺めていると、その書き込みはタイムラインの波に埋もれていった。
教室に戻ると既に授業が始まっていた。
クラスメートが一斉に私を見る。
大半はすぐ教科書へ視線を落としたが、あの三人はにやにやしながら私を見てる。
男子の中にも数人、同じようなのがいた。
先生は私を見るなり大仰に溜め息を吐いた。
「織原さん、授業始まってますけど、どこにいたんですか?」
「ちょっとお腹が痛くて……トイレに行ってました」
嘘では無い。
毎日、登校途中から胃が痛くなる。
それでも学校に来るのは、親に連絡が行くのを避ける為だ。
学校があの親に何かを言ったら、私は何をされるか分からない。
「あのねぇ、アナタの為に授業が止まるのって困るのよ。で、机は?無いみたいだけど」
「分かりません。今朝、学校に来たら無くなってました」
「あら、どうしましょう」
先生はあからさまに困った顔をした。
まるで、先生には机の行方が分からないのよとでも言うかの様に。
本当は何もかも知ってる癖に。
「誰かが使ってそのままなのかもしれません。見つけてきなさい」
「はい……」
私は男子トイレから机と椅子を出し、廊下に置いたまま屋上に向かった。
ここで一時間目ギリギリまでやり過ごそう。
私の心とは裏腹に、空は抜けるような青さだ。
遠くの山に雲がかかっているのが見える。
眼下にある校庭では、どこかのクラスが体育の授業でサッカーをしていた。
みんな楽しそうで羨ましい。
私はごろんと寝そべり、フォースブックを開いた。
一件の通知が来ている。
タップしてみると、さっきの書き込みに対する返信だった。
『もし本当に解決したいなら、ある方法を教えるよ』
ユーザー名は
こんな人、フォロワーにいたっけ。
私のフォロワーは好きな小説の事を書き込む、所謂趣味アカウントの人だけ。
この学校で知ってるのは、私を裏切った元友達だけだ。
フォロワーの数自体が少ないからほとんど把握している。
そして私のアカウントはフォローとフォロワーの数が一緒だ。
つまり私も罰天マンをフォローしている事になる。
装い業者だったかなと思いながらも、返信してみる事にした。
『どんな方法?』
『それはダイレクトメールで。いつでもいい。辛くなったらおいで』
もう既に辛いのだが、あまりにも胡散臭いので放置する事にした。
「さっむ……」
もう十月だ。
屋上でのんびりするのも厳しい季節になった。
図書室以外で唯一の安息地だったのだが、長い時間はいられないな。
私の心を察してか、タイミング良くチャイムが鳴った。
机に椅子を乗せて教室まで運ぶ途中、先生に会った。
「いつまで探してたんですか?もう授業終わってますけど」
「中々見つからなくて、すみません」
「今度からは授業が始まる前に見つけてきなさい」
会釈をして教室に向かうも、怒りと悲しみで感情がぐちゃぐちゃになった。
今度からはって、なんだそれ。
私はイジメを黙認してますって言ってる様なものじゃないか。
先生がそんなんだったら、私は誰に訴えればいいんだ。
教室に入ると、あの三人と男子三人が待ち構えていた。
「
「あっほんとだ。
「そうなんだよー俺ら前から思ってたんだけどさ、織原って臭くね?」
「くせぇよな!ちゃんと風呂入ってんの?」
「なんとか言えよコラ」
机を持っていた手を定規で叩いてきた。
その拍子に手が離れ、机と椅子はがらがらと倒れる。
「あーあ、ほんとグズだねぇ」
「邪魔だから早く片して」
「マジうっとおしい。
「織原菌落とさなきゃだしねぇ」
「
彼女らは笑いながら教室を出て行った。
男子は窓際に立って何か話をしている。
私が臭い、とでも言っているのだろうか。
ちゃんと毎日お風呂に入り、洗濯もしている。
それでも私は臭いのだろうか。
私は机を戻して椅子に座った。
どうしよう。帰りたい。
ここに自分の居場所は無い。
でも早退したら親に何か言われるかもしれない。
ストレスで死にそうだ。
私の世界は悪意に満ちている。
誰の助けも期待できず、自分自身で解決する事も諦めた。
きっと、全部私が悪いんだ。
罪深い私は、この世界に居てはいけない。
自分どころか他人にまで不快な思いをさせる。
そんな人間が、どうしたって幸せな生活を送れるはずが無いのだから。
それが十四年間生きてきた私の人生観だ。
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