12.形見

 少し遅めの昼食は、とてもおいしかった。

 午前中に出されたお菓子はリリスにほとんど食べられたので、空腹という一番の調味料も一役買っていたのだろう。


 サラダやベイクドポテトなど野菜類も豊富だったが、可憐かれんが肉好きということで、ビーフシチューにローストチキン、ソーセージと肉料理も多めだった。

 リリスも大喜びで、次々と肉料理にかぶりついてゆく。


 そんなに肉ばかり食べたら、いかにもうちが肉を出していないみたいじゃないか!


 食事の後はティータイム。一時間ほど雑談をして過ごし、可憐の家を出たのは午後三時頃だった。


 帰りも立夏りっかと二人きりだったが、話の接ぎ穂が見つからず駅まで無言のまま。

 立夏も、いつもの自然な沈黙ではなく、何か心に引っかかったまま俺が居心地の悪さを感じていると分かったのだろう。


「本当に、気にしなくていいから」


 別れ際、それだけ言い置いて帰っていった。

 そんな、空気を読んだ発言をするのも、立夏にとっては非常に珍しいことだ。

 俺の立夏に対する印象のほとんどは元の世界での記憶が基になっているし、この世界の彼女は、もしかすると少し違う性格になっているのかもしれないが……。



 家に帰ったあとも立夏の縦笛のことが頭から離れず、結局俺の出した結論は〝探しに行こう!〟だった。

 このことでずっとわだかまっているくらいなら、とにかくできる限りのことはしよう。仮にそれが自己満足だとしても。


 あの時、キルパンサーの注意を引くために笛で殴りつけたところまでは覚えている。しかし、そのあとどこでなくしてしまったのか、まったく記憶にない。

 今さらトゥクヴァルスに戻っても見つかるかどうかなんて分からないし、仮に見つかったとしても、借りた時のようなピカピカの状態には戻らないだろう。


 でも、自分にできる限りのことをして立夏に伝えない限り、彼女に面目が立たない気がする。


「明日、トゥクヴァルスに行くぞ」

「なに? 藪から棒に」と、リリスが欠伸あくびを噛み殺しながら聞き返す。

「縦笛を探しにいく」

「立夏ちゃんの? 気にしなくていいって言ってたじゃん」


 眉根を寄せて俺を見上げるリリス。


「おまえはそうやって言葉通りにしか捉えないから、ノートの文面で、折れた杖だのチーターつむぎだのなんて設定を作っちまうんだよ。空気を読め、空気を」

「空気を読む悪魔なんて聞いたことないわよ!」


 ちょいちょい口を滑らせてるけど、やっぱりおまえ、悪魔なの?

 リリスが続ける。


「それに、設定を考えたのはノートから出てきたポンコツドラゴンだからね!」

「おまえも傍で見てたんなら同罪だろ、ポンコツアドバイザー」

「んなっ! 紬くん……言ってはいけない言葉を言ってしまいましたね? 伴侶をポンコツ呼ばわりするなんて、ひどい!」

「誰が伴侶だよ」

「実家に帰らせていただきます。さようなら、ポンコツむぎくん」


 そう言うと、いつものクッションまで歩いていってふて寝を始めるリリス。


 おまえの実家、そこかよ?

 というか、単に眠かっただけじゃね?


 ま、いいや。お腹が空いたらまた起きてくるだろう。

 とりあえず、そうと決まれば、明日の約束は断らなきゃいけないな。善は急げだ。

 これを済まさずして、立夏と顔を合わせる気にはどうしてもなれない。


 今日交換した可憐の番号に早速コールしてみると、家政婦の文子さんが出たので可憐に替わってもらう。


「ああ、可憐? 紬だけど……明日、どうしても外せない用事ができてさ。悪いけどミーティングは欠席していいかな?」


 決まったことに後から文句言ったりはしないから、と付け加える。

 どうせ、文句を付けるほど詳しい知識もないしな。


『それは構わないが、欠席は紬だけか?』

「うん、そうだけど……なんで?」

『いや、なんとなくだけど、立夏も一緒なのかと思って』

「なんだよ。可憐まで紅来の真似か?」

『そうじゃない。ただ、今日、買い物から帰ってきてから少し空気がおかしかっただろう、おまえたち二人』


 なんだ、可憐も気付いていたのか……。

 まあ、可憐にだけは一応話しておくか、と、今日、立夏と話したことを可憐にも説明する。


『なるほどな……みんなで、手伝おうか?』

「いや、いい。そうなればどうしても立夏の耳にも入るし……あいつには黙っててほしいんだ」


 言えば絶対に、そんな必要はないと反対されるはずだ。


「だいたい魔物の傾向も分かったし、一人でもなんとかなるだろ」


 いざとなればリリスもいるし……という言葉は慌てて呑み込む。


『でも、先日のこともあるからな……。やはり一人では不安だ。誰か、付き合ってくれそうなヒーラーでもいないのか?』

「ヒーラーって言っても……信二以外に知ってるやつなんて……」


 D班や、ごく限られた友人以外は、誰が何を専攻しているかなんて、まだまったく把握できていない。


「そうか……。知り合いで誰か一緒に行ける人がいないか私の方でも当たってみる』

「だからそれは――」

『大丈夫だ。立夏には知られないような人選にする』

「そ、そっか、じゃあ……」 


 まあ、この世界にはまだ慣れていないことも多いし、誰か付き添ってくれるなら、それはそれでありがたいのは確かだ。


『笛、見つかるといいな。立夏にとっても大切な形見だろうし……』

「……ん? 形見?」

『いや、形見なんて言うと亡くなったみたいな言い方になるから駄目か』

「な、何? どういうこと?」

『もしかして、紬、知らないのか? 立夏のお兄さんのこと』

「何か……あったの? 立夏のお兄さんに」

『去年、ティーバの北西境界で大規模な魔物の襲撃があっただろ? 守備隊だった立夏の兄さん、その時の精神攻撃が原因でずっと意識が戻ってないんだよ』


 高等院進学前の出来事だから、私も人伝ひとづてに聞いただけなんだけどな……と説明を続ける可憐の声がやけに遠くに聞こえる。


 マジかよ……。

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