12.メイド騎士リリスたん

「リ……リリス……か?」

「休憩所で、強い魔物が出てるって聞いて、知らせにきたんだけど……大丈夫?」


 朦朧もうろうとして、アニメの〝リリカたん〟と目の前のリリスを混同してしまいそうだ。

 頬が濡れてるように見えるけど、雨? それとも……。


「せっかくリリカたんが来ても、そのサイズじゃな……」

「リリスたんだってば……」


 そっか……おまえはリリス。

 声も髪型も、髪の色もリリカたんとはまるで別物。

 二十センチ足らずの身長だって比ぶべくもない。


 おまえは結局、何者だったんだ?


 夢ノートをチェックしている時、もっと真面目に設定考えてりゃよかった。

 俺のために集まってくれたみんなが、このまま魔物に蹂躙される?


「何がおれTSUEEEつえ~~~~だよ……全然役立たずじゃねぇか……」


 思わず口から零れでたのは、ノートへの記述をないがしろにした過去の自分と、今の無力に対する怨嗟えんさつぶやき。

 同時に、左右の掌から青い光が溢れ始める。何かが、両手に握られた。


 これは……あの、折れた杖!?


 立木りゅうぼくに背を預け、折れた二本の杖をスキーのストックのように使ってヨロヨロと立ち上がる。

 全身、あちこちが痛い。


 でも……まだ動ける。


「こら、化け物ぉ! 女子なんて追っかけてんじゃねぇ! おまえの相手は俺だろ!」


 特に、何か意味があったわけではなかった。

 無意識のうちに二本の杖を繋げてみる。

 見た目だけでも一本に見せかけて、魔物を威嚇しようと思ったのかもしれない。


 直後、杖の接合部から漏れでてきた一条の青い光。

 気がつけば、そのまま固定されて古ぼけた一本の杖になっていた。

 いや、ただの〝棒〟と言った方がいいかもしれない。

 

 長さは俺の身長より少し長いくらいだ。

 接合部には、二本に分かれていた時には見当たらなかった白いテープが、グリップのように巻きつけられている。


 このサイズ、この形――。

 まるで〝メイド騎士リリカ〟の中で、リリカのご主人様が使っていた六尺棍ろくしゃくこんにそっくりだ。


 とりあえず、縦笛よりはマシなのは間違いない。

 この杖に、こんな秘密があったなんて!


「おい! 化け猫! こっちを見ろ!」


 もしかしてこれが、ノートの精が仕組んだ最強チート武器か!?

 ここまで凝った仕掛けを作っておいて、ただの一本の棒になりました、ってことはないよな?

 試しに、六尺棍おれつえーでパンサーの背後から思いっきり打突だとつを叩き込む。


 ――が、ビクともしない。


 マジで、ただの木の棒かよ?

 もういい! やけくそだ!


 確かなのは、俺のために集まった仲間が俺の見ている前で死んでいくなんて、とても耐えられそうにないってことだ。

 今、この瞬間、何が最適解なのか理論的には分からない。

 でも、頭の中のどこか冷静な部分が、逃げるよりも立ち向かうことが正解なんだと、全身の細胞に命令を下す。


 魔物に向かって一歩踏み出した、その時。


 背後から俺の肩をつかみ、横に押し退けようとする誰かがいた。

 もしかして、麗が助けを連れて戻ったのか!?


 しかし、振り向いた俺の目の前にいたのは――リリス!?


 エプロンドレスとホワイトブリムに、白いニーハイレースソックスと黒いエナメルの上げ底ハイヒール。

 亜麻色でゆるふわウェーブのボブヘア。

 白黒モノクロ基調の衣装の中で、ブリムの両端に付いたハートの飾りと赤いネックリボンが目を引く。


 間違いなくいつものリリス。

 だが……ただ一つ違うのは、身長が普通サイズになってることだ。


 でかっ!


 いや、背丈は百五十センチ程度?

 リリスの年齢は分からないが、女子高生ならまだ小柄な部類だ。

 ただ、普段のチビメイドに慣れているだけに〝巨大リリス〟と表現しても差し支えないインパクト。


「もう心配要りません、ご主人様。退がっていてください」


 ご主人様?

 何言ってんだこいつ?

 頭、大丈夫か?


 呆気に取られている俺を横目に、抜剣するリリス。

 魔物に向けられたレイピアの刀身が、雨に濡れて鈍色に煌く。

 なんだか、いつもより雰囲気も頼もしくなっている。


 次の瞬間。


 アニメのリリカたんを髣髴とさせる神速の縮地で一気に距離を詰めたかと思うと、パンサーの胸元に無数の剣閃を突き立てる。

 怒りに満ちた咆哮を轟かせながら、鮮血を撒き散らすキルパンサー。


 り、リリカたん……?

 いや、あれはまさしく、メイド騎士リリスたん!


 鋭い爪でリリスたんに反撃を試みるパンサー。

 しかし、リリスたんも素早く左右に動いて狙いを絞らせない。

 それどころか、パンサーの周囲を旋回しながら鋭い刺突しとつ幾閃いくせんも突き入れる。


 全身から鮮血を噴き出し、堪らず後退あとずさりを始めるパンサー。

 なおも、リリスたんの流れるような攻撃が続く。


 四方八方から突き立てられるレイピアの雨。

 しなる無数の刀身の残像が、まるでパンサーを切り刻む旋風かまいたちのようだ。


 あたかも雨粒の間隙を縫って舞うかのごとく、ふわりふわりと軽やかに揺れ広がるエプロンドレスの幻想美。

 スカートの裾が波打つたびにしなやかな太股があらわになり、下着まで見えそうになる。

 ……が、幾重ものパニエがギリギリのところで発揮する目隠しブラインド効果。


 あの白いヒラヒラ、邪魔っ!!


 ついに、体を支えられなくなったパンサーの後脚がガックリと折れ曲がる。

 そんなパンサーにレイピアで狙いをつけながら――、


乙女の拘束メイデンバインド!」


 リリスたんが発唱と共に、パンサーの動きが完全に止まる。

 振り向いて俺に微笑みかけるリリスたん。

 俺の中で、リリカたんとリリスたんが完全にシンクロする。


「ご主人様、封印を」


 俺はふらふらとキルパンサーに近づくと、アニメのご主人様がやっていたように、六尺棍おれつえ~で軽く殴る。

 直後、パンサーの体全体が青い光に包まれ、数センチの光の玉にまで圧縮されたかと思うと、そのままどこへともなく消え去った。


 何が起こったんだろう?

 いや、考えるのは後にしよう……。


 疲労が、一気に全身を駆け巡る。


 とにかく今は、もう、眠りたい……。


「大丈夫ですか、ご主人様?」


 駆け寄ってきたリリスたん支えられてなんとか転倒は免れたが、しかし、足にまったく力が入らない。


 リリス……たん……。


 何か叫んでいるようだが、その言葉を聞き取るより早く、世界から切り離されたような無音の世界へ放り出される。

 降りしきる雨の中、意識が俺の体からスルリと抜け落ちた。

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