【短編集】そして、何のことはない日々に

笠間葉月

初恋のお話

 振り返ってみても、拘りはなかった、と思う。

 年々私の周りには「誰々と付き合っている」とか「誰々に告白された」とかの話題が増えて、しかも全員楽しそうにしているものだから、どうやら恋愛とは大層面白いものらしいと知るに至り、どうやら私はその楽しさを取り逃しているのだと考え出し、ついでに何を思ってか、どうやら相手を捕まえるのは難しくないようだと勘違いしたのだ。実際のところ選びさえしなければ難しくない、というのは事実で、オブラートに包んでも頭がお吹っ飛び遊ばされている輩と評される方々も、同じく脳がフライアウェイなさっている人々とそれはそれは楽しそうに、恋愛なるものに打ち興じている。なるほど。勘違いではないらしい。

 ので、これは一つ試してみねばなるまいと。幸いにして可もなく不可もない程度の容姿くらいは持って生まれたし、異性との間柄も悪くはない。相手からの評価値がゼロ未満でさえなければ何とかなるだろうと高を括っておく。こちらとしても高根の花を狙うつもりは毛頭ないわけだから、同じく十点中五点もあれば、恋愛とは何ぞやと考えるには充分ではなかろうか。

 いくらかのリサーチと言葉選びとシチュエーション設定とエトセトラエトセトラ。

 いや、うん、楽しいな。うん。これこれこうしたら相手はどんな反応を返すだろうとか考えるだけの事前準備ながら、この詰将棋っぽさは嫌いじゃない。王手恋取り、チェックを突き付け、四手先には半目勝ち。なるほど恋愛とはこういう物か。要するに相手の好きな自分を演じる遊びなのだなと。

 質素な丸文字とシンプルな中に華のある便箋と僅かに飾った白桃色の封筒とエトセトラエトセトラ。

 相手の好みを擽るように調整した、清楚でしかし愛らしいお手紙を机の中へ。夕暮れの放課後、人目に付くことも忘れずに。恋は戦略、情報戦。二十四時間後を楽しみにするとしよう。

 結果、惨敗。

 ごめんなさい、他に好きな人がいるんです。え? ○○さんが。そ、そう、なんだ、いやでも、ライバル多いよ? うん、だから見ているだけ。

 あー、失敬。

 WTF!?(なんじゃそりゃ!?)

 恋は戦略、情報戦。塹壕の深さを見誤りました。どうやら奴さん、手の届かない高根の花を指咥えて眺めているのが大好きなようです。

 いやいやいやいやちょっと待てほんと待って。目の前に少なくとも五点分は好意を抱いていて準備に数週間費やして天気予報と睨めっこしながら茜色の昇降口まで引き当てた健気な子がいるってのに、これを断るか。他に好きな人がいる、は一応予想の範疇ではあったけど、見ているだけで満足っていやいやいやいや以下省略。

 半ば勝利を確信しながら突撃しただけに気恥ずかしく、挨拶もそこそこに反対方向へ駆け出した。茜色の空は徐々に青を重ね、突っ走る私は段々と照らされなくなっていく。

 振り返ってみても、拘りはなかった、と思う。誰でも良かったとは言わないけど、高根の花を狙ったわけでもなければ、失敗して心に来る相手でもなかった。むしろ失敗して心に来るような相手はいなかった。基準はあくまで十点中五点くらいは評価を付けられる人、であって、好きな人、ではなかったから。

 だから、拘りはなかった、と思う。

 それだけに私は悔しかったのだ。私が拘らずに選んだ相手には、拘ろうが拘らなかろうがナンバーワンでオンリーワンな対象がいて、私は拘りの物差しを当てられる事すらなかった。有象無象から出ることも出来なかった。

「こんちくしょー!」

 Dear. 一時間前までの私及び高根の花眺め隊

「泣いて謝っても許さないからなー!」

 From. 一時間後の私及び数週間楽しんだ私

「告って来ても相手にしてやらないからなー!」

 沈みかけの夕日を背に、橋の上、河川敷を眺めるステレオタイプ。私の初恋とやらはこうして幕を閉じたのだ。


相手以外全部拘った女の子の相手だけ徹底的に拘った男の子に対する初恋のようなもののお話

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