第7話 断つ

 熱が下がり、マチュピチュ村をプラプラした。


 生き生きした現地の人と、憧れの遺跡に来れた興奮でいっぱいの旅行客とその連れらしき人々

 皆何の為に生きているのだろう?

 そんなことを思いながら歩く


 不意に、パシュミナのストール売りのお婆さんに手を掴まれ、店内の椅子に否応なく座らされた。

 何て云っているのかわからないが、店番をしろ、ということらしい。


 恭子がぼんやり座っていると、日本人男性に親戚の子供にお土産でどれがいいか聞かれ、原色のアルパカキーホルダーをいくつか売った。そして隣の女性がストールを合わせているので、似合う色柄を勧めた。

 

「これ下さい」「じゃあ私も」


 日本人だからか、お客は安心してとてもよく売れた。

 


 お婆さんは二時間ほどして帰ってきて、ちゃちなおもちゃのような金庫を見て驚いた。札がパンパンであふれんばかりだった。

 そして、恭子を家に連れて帰った。


 何日くらい恭子は店で売り子をしてそのお婆さんの家にいたろうか。

 ある日、大きなずた袋を持った浩一が恭子を遺跡に誘った。


「丁度いい、今から店を仕舞うので行こうか」

 

 恭子たちは地元の人が載るトラックで遺跡に向かった。夕方からは寒いからだろう、お婆さんが売り物のパシュミナのストールを彼女の肩に巻き付けた。大事な自分の娘に巻き付けるような優しい仕草で。



 30分ほどトラックを走らせてから降りた。寒いのでストールをぐいっと合わせる。山の際に太陽がいるのでもうすぐ陽が暮れる、夕方だ。


 浩一は何度も来ていたようで、とっとと歩く。目的の場所があるようだ。


「こっち」


 彼が連れて行った場所は、誰もいない遺跡から2メートルほど空に飛び出た場だった。元は神殿のように見える。



「ここで今、俺の首を斬るんだ」


そう言って、麻のずた袋から刀を出して彼女の手にぎゅっと握らせた。かなり重いが、てらてらと太陽を反射して美しい刃だ。

 恭子は見とれた。


「恭子、おまえの人生を狂わせたのは俺だ。そして俺の人生も狂ってしまった。俺さ、妻と結婚の最初からうまくいってなくて。子供がいたからずっと誤魔化してきたけど、ここに来る前に離婚話で言い合いして、殺しちゃったんだ。俺の人生が上手くいかないのはあいつのせいじゃないのに…」


 浩一はぼんやり夢の話をするように恭子に話した。彼の話が本当かどうかなんてどうでもいい恭子は、


「…なんで私があなたの救いにならなきゃならないの?」と疑問をぶつけた。眼はまだ刀に釘付けだ。


 だって彼を殺すのは嫌だ

 殺される方がまだいい


「この古代の祭壇で俺を生贄にするんだ。恭子の大事なものが一つでも戻ってくるように、俺は祈りながら死ぬ。もう日本に居場所はないし、俺は救われなくていい。ただ、誰かの為に死にたいんだ」


 彼が真剣に恭子に訴えているのがわかった。生きていくのに疲れてしまったのだろう。


『どうせ私ももうすぐ死ぬのだ』


 そう思ったらやってあげてもいい気がしてきた。彼の言うとおり、誰かの為に何か一つして死ぬのは悪くない。


「わかった」


 浩一はホッとしたように平坦な岩の上で跪いて、首を斬りやすいように差し出した。


 美しい動作


 初めて浩一を美しいと思った。太陽の光が彼の首筋を一筋照らし、『ここを切り落とせ』と言っていた。


 恭子は重い刀を両手で持ち上げ、狙いを外さぬように重力に任せた。まるで中世のギロチンのように。

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